なぜか。彼らが差別化の手段として頼った「世界観」は、確かに初期の共感や話題づくりには貢献した。ミニマルで洗練されたビジュアル、共感を呼ぶブランドストーリー、環境配慮を訴えるトーンなど、いずれも現代的な感性に響く巧みな演出だった。
しかし、それらはあくまで印象や雰囲気の域を出ず、「信頼による差別化」、すなわち顧客が何度でも選びたくなる確かな理由にはなりきれなかったのだ。
「世界観」は、ブランドの空気感や価値観を映し出す大切な要素ではあるが、それ自体がブランドの核ではない。真に選ばれるブランドとは、「誰のために、何を約束し、それをどのように一貫して体現するか」によって信頼を築き、その信頼によって差別化される存在である。
オールバーズやアウェイの失速は、「ブランド=世界観」という誤解がもたらした必然的な帰結だったとも言える。世界観が魅力的であっても、それが信頼や継続的な価値に結びつかなければ、ブランドとしての基盤は脆いままだ。
「人気」ではない
「売れているから」「話題だから」という理由でブランドと呼ぶ。これもまた、よくある誤解の1つだ。確かに売上や話題性は、一定の関心やリーチを示す指標にはなる。しかし、人気は水のように流動的で、ブランドは地層のように時間とともに蓄積されていくものだ。たとえばナイキやバーバリーのような老舗ブランドでさえ、人気の波に翻弄された時期がある。
バーバリーは1990年代後半、それまでの戦略から舵を切り、日本で高級ブランドに関心を持ち始めた若者へとターゲットを広げた。さらに有名人の着用が話題となったことで、ブランドの人気は一気に高まった。価格的にも「高校生が少し背伸びをすれば届く」存在として、当時の女子高生にとってバーバリーのマフラーは冬の定番となった。
その結果売上は急増し、ブランドは若年層の象徴的な存在として広く浸透していった。
実は同じ頃、イギリスでもまったく別の客層でバーバリーの人気が高まっていた。「フーリガン」と呼ばれる熱狂的なサッカーファンや、「チャヴ」と呼ばれる労働者階級の若者たちの文化的象徴になっていたのである。それに伴い、バーバリーの売上と株価は大幅に伸びた。株主にとってこれほど喜ばしいニュースはなかっただろう。
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【あのナイキでさえ陥った誤謬】
