最初はルール設定そのもので苦労することも多いと思いますが、1年も経てば結果的に管理職自身が時間的な余裕を持てるようになってきます。
僕はこうした好例を産業界でたくさん見てきています。ルール化によって業務の棚卸しや優先順位づけが進むので、「これは本来やらなくていい事だった」「学校が抱え込まなくていい業務だった」と気付かされることも多いのではないでしょうか。
自分たちの時代の当たり前を押し付けていないか、その仕組みそのものが古くなっていないかを問い直す時期に来ているのです。
——「無敵世代」よりも若い生徒との付き合い方にも役立つでしょうか。
役立つと思います。今の中高生を含む若者たちは大きく分けて、積極的に行動する1割の「自己実現型」、努力することをネガティブに捉える5割の「安定志向型」、そしてその間にいる3、4割の「中間層」に分類されます。
「自己実現型」は放っておいても勝手に成長しますし、「安定志向型」の価値観を変えるのは困難です。僕は、鍵を握るのは3割の「中間層」だと考えています。
彼らは、安定志向でありながら何かに挑戦したい気持ちもあり、しかし勇気が出ずに、質問したくても手を挙げられなかった自分に落胆しながら下校するような生徒たちです。
先生方には、この『中間層』を引き上げることにパワーを注いでほしいと思っています。彼らが少し挑戦できる選択肢を提示してあげたり、背中を押すような声掛けをすることで彼らは少しずつ行動力を発揮するでしょう。
ポイントは、最初は強めにプッシュすること。「もし興味があれば」程度に突き放すのではなく、「自分としてはこれは絶対やるべきだと思う」と伝えます。つまり、先生自身もリスクを取る。この生徒は化ける余地があるな、と思ったらぜひ実践してほしいです。
また先生たちには、自分たちの幸福度にも目を向けてほしいですね。「教育者である以上、すべてにおいて手本にならなければならない」という呪縛から逃れるために、教員の役割を「型」と「個性」に切り分けてはいかがでしょうか。
教育の8割は、社会生活を送る土台としての「型」を教えることとして割り切り、残りの2割で、先生自身が力を入れている研究や趣味、こだわりをオープンにするのです。
普段は淡々と授業をしている先生が、実は何かの実験に没頭しているといった意外な一面を見せることこそ、生徒には魅力的に映るはずです。
教員自身の幸福もしっかり考えて
——次期学習指導要領では、子どもたちのウェルビーイングの向上が中核的な目標に掲げられていますが、先生たちが幸福でなければ子どもたちを支えられません。
そもそも僕は、子どもたちのウェルビーイングの向上を学校の職務とするような方策には疑問を抱いています。
自己肯定感や主体性に続き、ウェルビーイングまでもが学校の先生の責任にされてしまうと、現場の負担は増すばかりです。そうなれば、子どもたちは「自分の幸福も先生の責任」という風に、ますます「してもらい上手」になり、受け身一辺倒になっていくでしょう。
それよりも、子どもの幸福度に目を向けると同時に、教員自身の幸福もしっかり考えたいです。そもそも、今の10代よりも、30代40代の上の世代のほうが幸福度が低いというデータもあります。先生自身が幸せでなければ、子どもに幸せな教育を提供することなどできません。
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