松本:また、シンポジウムには、文藝春秋で文芸を担当している編集者の方も来てくれました。当時その方は、芥川賞を受賞した市川沙央さんの『ハンチバック』を文庫化する準備をしていました。
この作品は、市川さん自身の病気によるアクセシビリティの問題を扱ったもの。シンポジウムで話を聞いた編集さんが「ルビもアクセシビリティの一つだ」と考えて、後日、市川さんに「ルビを増やしましょう」と提案したそうです。結果として、同作の文春文庫は通常より多くルビを振って刊行されました。ぜひ実物を確認してみてください。
「ルビがあるほうが読みやすい」8割
窪田:外国にルーツのある人に向けてルビを、という点にも時代の変化を感じます。多くの人にとってやさしい日本語になる一方で、識字障害のある方は、ルビがあることで読みづらさを感じることもあるそうですね。
また、私の専門分野である子どもの近視においては、画数の多い漢字が読みにくくなることがきっかけで、周囲が視力低下を発見することもあります。でもルビがあるとそうした漢字も読めてしまい、発見が遅れることもあるかもしません。ルビの思わぬ作用については、何かわかっていることはありますか?
松本:お話ししたように、まだルビの研究者がほとんどいない状況なので、きちんとした研究はあまりなされていません。ただ、数少ないアンケート結果やわれわれの行った調査によれば、ルビがあるほうが読みやすいと感じる人は全体の8割に上ります。
事前調査では「読みにくくなると思う」と考えていた人も、実際にルビありの文章を読んでもらうと、好意的な意見に変わることがほとんどです。
しかし、1割程度の方はやっぱり「ルビがあると読みにくい」と感じています。また、識字障害の方に向けては、ルビの大きさや色を工夫する必要があることもわかってきました。
本文の色とルビの色が違うほうが読みやすいという仮説もあるので、ルビ財団のホームページでは、本文の文字色を黒、ルビの色を落ち着いた赤系にしていました。ただ、これには色弱の方からのご指摘が入って。
窪田:確かに、それはまた別の対応が必要ですね。
松本:赤緑色覚異常のある方には、赤系だと見づらいということで、ルビの色を変更したという経緯もあります。すべての人にとっていちばんいいのはどんな状態か、まだ専門的な知見がない中で、試行錯誤しながらやっているという状況です。
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【意外な壁のひとつは「著作権」】
