店舗運営でも掲げたのは「地元密着」だった。初代店長の山口義之氏は「地元の百貨店を作れ!」を合言葉に、地元からパート従業員を採用し、地域に根を張る店づくりを進めた。
こうして見ると、理念も方向性も理にかなっている。しかしひとつだけ、前提に誤算があった。それは「競合はスーパーしかない=だから、この街には商機があるはずだ」という見立てである。
春日部駅で東西に分断されたベッドタウン
話を理解するうえで、春日部という街の地理を押さえておく必要がある。
春日部駅には東口と西口があるが、この二つは長年「別の街」とされてきた。駅の東西は踏切によって分断されており、「開かずの踏切」として知られ、最大53分も遮断されることもある。さらに東口側には古利根川(ふるとねがわ)が流れており、地理的にも市街地の拡大が阻まれてきた。
その結果、西口が商業・生活の中心となり、東口は市民文化会館・図書館など公的施設が集まるエリアになっていった。





















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