褒めたつもりが…「超ヤな感じ」と嫌われた、社内メールの《ある一文》 悪気がないのに勘違いされる人が書いていること

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もちろん、佐藤さん自身に悪気はなく、本当のところは資料に十分満足しているのかもしれません。それでも無自覚にこうした言葉を添えてしまうと、読み手には「責任を持って言い切れない人」「本音が見えない人」と映ってしまいます。せっかく前半で感謝の言葉を丁寧に伝えていても、無用な一言で台無しになりかねません。

やはり大切なのは、相手が自分の文章を読んだとき、どんな気持ちになるのかを想像してみること。それに尽きると思います。

スッキリ伝わる「“高”好感度メール」のお手本

件名:キャンペーン企画資料につきまして
企画営業チーム 山田様
昨日ご作成いただいた「サンライト化粧品」様向けのキャンペーン企画資料を拝見しました。急ぎの依頼にもかかわらず、すぐに取りまとめていただき、大変助かりました。ありがとうございます。
全体を通して分かりやすくまとめられており、要点がきちんと整理されているので、初めて目を通す人でも一読して理解できます。特に、競合比較を一覧できるスライドはシンプルなのに説得力があるので、クライアントの意思決定を後押ししてくれると思います。
また、顧客アンケートのグラフも的確で見やすく、次回の提案会議の議論を一段と深めてくれると確信しています。細部まで行き届いたご配慮が感じられ、私自身、拝見していて大変勉強になりました。
修正点はございませんので、私から鈴木部長に提出いたします。
ブランド推進チーム 佐藤

文章を書いていて、つくづく思うのは、「書くことは本当に大変」ということです。いざ書き始めたものの、適切な言葉が浮かんでこない。気づけば、一つひとつの文が長く、修飾関係も入り組んでいる。

自分の駄文を何度も推敲し、何とか人に読んでもらえる形まで持っていかなければなりません。分かりやすく整った文章をすらすらと書けたら、どんなにいいだろう。頭を抱えながら、そう思う日々です。

しかし、考えてみれば、誰だって「読んできた文章の量」に比べて、「書いてきた文章の量」は、ずっと少ないはずです。多くの人は学校では教科書を読まされ、大人になってからは仕事に必要な資料やメール、SNSなど、たくさんの文字情報と接してきています。

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