褒めたつもりが…「超ヤな感じ」と嫌われた、社内メールの《ある一文》 悪気がないのに勘違いされる人が書いていること

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例文は社内でやりとりされるメールを想定して作ってみました。顧客向けの大事な企画資料を作るよう頼まれた山田さん。「誤りはないかな?」「期待外れだったらどうしよう?」。自分で作った資料や原稿を送るときは、いろいろと不安になるものです。

依頼主の佐藤さんから届いたメールを読み進めると、資料を作ったことへの感謝はつづられています。一読する限り、資料そのものに対する否定的な表現はありません。山田さんの不安も、少し和らいだはずです。

“概ね”問題ありません?

しかし、読んでいて、私は引っかかりを覚えてしまいます。第2段落に出てくる「体裁も整っており」「大きな支障はありません」といった表現は、一見プラスの評価に見えます。しかし、読み手は「体裁は崩れていないけど、肝心の中身は今ひとつ?」「小さな支障はあるの?」と気になってしまいます。

その後の「過不足なく」「水準」といった表現も、褒めているというより「最低限はクリアしている」と言っているにすぎません。読み手としては「本当に評価されているのだろうか?」とモヤモヤしてしまうのです。

そして最後の一文。「概ね問題はない」「ひとまず」と締めくくられると、資料を受け取った佐藤さんは納得はしていないけれど、時間もないので鈴木部長にとりあえず渡した――そんな冷めた印象すら与えてしまいます。

この場合、「一通り」や「概ね」、「ひとまず」といった言葉は、削ってしまった方がすっきりするし、その方が意味も明確に伝わります。それなのに、なぜ使ってしまうのか。

考えられる理由の一つは、責任を持って書ききることへの不安です。後で修正が必要になったとき、自分の判断が問われてしまうのではないか……。あるいは山田さんに修正を依頼しづらくなるのではないか……。そんな気持ちから、つい余計な一言を添えてしまうのです。

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