「蛇・木・扇・槍」…インド最古の寓話に学ぶ《問題解決のときに意識したい3つの哲学》

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NAMASTE とらわれない自分のつくり方
インド最古の寓話から学ぶ3つの哲学を紹介します(写真:lindrik/PIXTA)
4人の目の見えない人が、村にやって来た生き物に触れてみます。ある人は「蛇」と言い、また別の人は「木」、さらに「扇」「槍」……。真実はどこにあるのでしょうか。世界で300万部以上のベストセラー『Ikigai』を執筆したスペイン出身のエクトル・ガルシア氏とフランセスク・ミラージェス氏。2人がインドの知恵から学んだことをまとめた『NAMASTE とらわれない自分のつくり方』より一部抜粋・再構成のうえ、インド最古の寓話から学ぶ3つの哲学を紹介します。

インド最古の寓話「ゾウが持つ4つの真実」

これはインド文化で最古の哲学的寓話だ。多くのバリエーションがあるが、最も有名なのは、ラーマクリシュナと詩人のジョン・ゴッドフリー・サックスの話だ。

それは次のような話である。

小さな村にゾウがやって来た。そのゾウを確かめようと、4人の目の見えない人が集まった。ひとりめの男はゾウの鼻に触り、びっくりして叫んだ。「大蛇だ!」

しかし、ほかの人たちはひるまず、大胆にもゾウのほかの部分に触った。「これは動物じゃない。木の幹だ」と、ゾウの足に触ったふたりめの男が言った。

3人めはゾウの耳をなでて言った。「違う、これは扇だ」。最後の4人めは牙の滑らかな手触りを確かめて言った。「槍のように固くてスベスベしている」

そのようすを見ていた村人が、4人を仲裁しようと口を開いた。

「お前たちはみな、少しだけ正しい。だが、真実の一部分を語っているにすぎない。みんなの意見をまとめたときの本質を理解していないのだ。ゾウは、ヘビでも、木でも、扇でも、槍でもない。長い鼻と牙と巨大な耳と足をもつ動物だ。

私たちはみな、なんらかのかたちで盲目だ。だから、次のことを教訓にしなければならない。『真実を知りたいなら、自分の意見を主張するだけでなく、広い心で他人と意見を交わさなければならない』」

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