「日大帝国」築いた独裁者の人心掌握術と権力基盤 「民主的でかつ効率的な組織」が存立可能な条件

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現に、帝国が最終的に瓦解したのも田中に向けられた背任容疑によってであった。背任とは私利のために公共の利益を犠牲にするということであり、田中のようなタイプの独裁者にとっては致命的なものとなる。

実際には、彼の妻である「ちゃんこ屋」の女将田中優子が大学運営や人事に容喙したこと、学内の自販機管理から田中の側近に成り上がった理事の井ノ口忠男とその実姉で広告代理店経営者橋本稔子、医療法人錦秀会の籔本雅巳元理事長らが田中の権力をかさに着て、好き放題をしたことが帝国崩壊の引き金になったという。

独裁者の最期というのはそういうものである。長期政権に安んじているうちに、仕事に飽きてしまうのだ。そして、取り巻きたちが好き放題を始める。彼らには大学への忠誠心もないし、大学人たちのシンパシーを形成する気もない。ただ田中という独裁者の「虎の威」を借りて他人を顎で使い、私腹を肥やすことが好きなだけである。

独裁者はそれを制御できない。自分に媚びてくる人間、自分に甘えてくる人間については決して冷静な評価を下すことができないというのが独裁者に共通する弱みなのである。

田中もその例に漏れなかった。籔本から受け取った1億1820万円の裏金について、背任容疑では立件されなかったものの脱税容疑で逮捕され、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けて、2021年に田中は汚名にまみれて理事長の座を追われ、失意のうちに3年後にこの世を去った。

「日大帝国」興亡史

「帝国」はこうして瓦解した。絵に描いたような独裁体制の興隆と滅亡の物語である。

本書にはサイドストーリーとして林真理子理事長体制下で起きたアメリカンフットボール部の薬物事件と執行部の管理能力の欠如についての記述があるけれども、この逸話にはもう古田重二良や田中英壽ほどのスケールの大きな「ワルモノ」感のある登場人間は出てこない。大学を揺るがすスキャンダルに遭遇して、ただ保身と責任回避に右往左往する人たちが出てくるだけである。

だから、本書のもう一つの主題である林真理子という新しい理事長がどうやって名望を失墜した日大を「救う」のかという問いに私はあまり関心が持てなかった。林は作家であって、組織人ではない。これだけ病んだ組織の再生のために辣腕を振るえなかったからと言って咎めては気の毒である。

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