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終戦直後は「露天商」の街だった
太平洋戦争後の1940年代後半、秋葉原駅周辺にアメリカ軍が放出した軍事物資や電気部品を売る露天商が集まるようになった。
高架下の電波会館、ラジオセンター、駅前のラジオ会館、ラジオデパートなどは、これら露店の立ち退き先としてできた店舗で、いずれも昭和20年代に発祥したものだ。
この時代の秋葉原を象徴するものは「ラジオ」そして「無線」だった。まだテレビのない時代、ラジオはメディア、娯楽の中心で、街には無線関連の機器や真空管アンプ、電子部品などを扱う店が並び、この時代の秋葉原は「ラジオ街」として認識されていた。
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