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相川七瀬「デビュー曲爆売れ」葛藤を経て得た学び 子育てとキャリアの両立、どう乗り越えたか

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  • 浦上 早苗 経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員(コミュニケーションマネジメント)

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相川七瀬さん(撮影:編集部)

歌手としてキャリアを重ねながら、大学で学んでいる相川七瀬さん。横浜DeNAベイスターズのファンとしても知られ、今シーズンはチームのユニフォームスポンサーを務めるハイセンスジャパンの「大画面大応援プロジェクトリーダー」として、首位を走る同チームを盛り上げている。

ハイセンスのベイスターズ応援動画には、1995年のデビュー曲『夢見る少女じゃいられない』にちなんだ「もう、小さい画面じゃ観られない」のフレーズが使われるなど、デビュー曲が相川さんの代名詞のようになっているが、20代後半から30代にかけては、ヒットメーカーだった歌手としての自分と、母親になった自分をすり合わせることができず、長く葛藤した時期があった。(全2回の1回目)

―― ハイセンスのベイスターズ応援プロジェクトで相川さんが「小さい画面じゃ観られない」と発言していますが、説明がなくても『夢見る少女じゃいられない』に引っかけているとわかります。デビュー当時はこの曲がこれほど息の長い楽曲になり、30年後の仕事にもつながるとは想像できなかったですよね。

まったくできなかったです。そもそもデビューしたときに、20年後のことも想像していないですし、自分が30年後に歌っているとは夢にも考えていませんでした。本当にありがたいことです。

デビューして28年になりますが、昔の曲のタイトルを今も覚えてくださっている方がいて、それを大好きな球団のスポンサーが使ってくださる。音楽の力っていうのはすごいなと思います。(楽曲を提供した)織田哲郎さんに感謝ですね。

「昔売れた曲」と言われた過去も

―― デビュー曲が大ヒットして、『夢見る少女じゃいられない』が相川さんの代名詞にもなっています。ただ、そのイメージがずっとついて回ることを喜べない時期もあったのではないでしょうか。

20歳でデビューして30年のキャリアで考えると、1周回って皆さんに再び受け入れていただいていますが、20代後半から30代にかけて、「昔売れた曲」「古い曲」と言われることもありました。

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