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教科書で習う那須与一「扇の的」何とも意外な事実 舞台である「屋島の戦い」に戦らしい戦はなかった

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平家物語に描かれている、那須与一の「扇の的」のエピソードを解説します(写真:内蔵助/PIXTA)
NHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の放送で、源氏や平氏の歴史に注目が集まっています。源平合戦が描かれている軍記物『平家物語』でよく知られているエピソードが「扇の的」です。屋島の戦いで、源氏方の弓の名手である那須与一が、平家の小舟に掲げられた扇の的を射抜くシーンは、中学国語の教科書にも登場します。
ただ、それが実際にあったのかどうかは疑問が残るようです。歴史学者の濱田浩一郎氏が解説します。

四国に向けて出陣した源義経

元暦2年(1185)2月16日夜、源義経は、四国に向けて出陣する。院の使者・高階泰経は「京中に武士がいなくなるので、出陣しないでほしい」と義経を京に呼び戻そうとするも、義経はそれを承諾せず、発向したという(『玉葉』)。

『平家物語』には、大変な強風に船出を渋る船頭や舵取りを「風が強いからといってそれがどうしたというのか。今は向かい風にあらず。順風であるのに、風が強いからと一大事に船出せぬとはけしからん。船を出さないなら、奴らを1人ひとり射殺せ」と義経は怒り強迫し、強引に船を出させた逸話が載る。

16日の夜半、船5艘・50騎という小勢で、摂津渡辺より阿波へ向かう。義経は平家が拠る屋島を正面から攻撃するのではなく、背後から突くため、阿波に回り込んだと考えられる。

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【翌朝、義経に伝えられた情報とは?】

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