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1973年の本田技研工業(ホンダ)創立25周年を機に退任を決めた本田宗一郎氏。66歳と余力を残しての引き際の鮮やかさは称賛を受けた。
退任に際し、「われわれがいなくても経営できるようにしておくのが、株主や従業員に対する義務」と早くから後継者育成に着手してきたと語る。「十分役にたつときにやめてやることが、経営の基盤をより強固にする」とし、自らは「スペア・パーツ」になると宣言している。
一方、若い社員との考え方のギャップを感じていたとも。低公害エンジン(CVCC)開発について、成功すれば競合他社と同じスタートラインに立てると考える宗一郎氏に対し、若手社員から企業本位ではなく社会的責任の観点から開発に努めるべきだと反論され、「私も年老いたな」と振り返る。ほかにも、自動車産業の未来像や訪中の印象などについて触れている。
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