学校に通っていた頃、歴史の先生がこう言っていた。歴史的な事件には三位一体の分析が欠かせない、原因、表向きの理由、結果の3つだ──。しかし人生経験を積めばわかるように、物事はそれほど単純ではない。そもそも歴史に終わりらしい終わりは存在しないし、事件の影響がいつ始まっていつ終わったのかも、容易には見極められないのが普通だ。
グリニッジ標準時で1月31日の午後11時、英国はついに欧州連合(EU)を離脱した。英国の国内政治に関する限り、これまで私が生きてきた中でおそらく最重要の出来事といえるだろう。議会議事堂の時計台「ビッグベン」は修復中で鐘を鳴らすことができず、お祭り気分の離脱派は激怒した。
だが、英国に祝うようなことなどあったのだろうか。何しろ、次に何が起こるかは誰にもわからないのだ。あるのは希望的観測とまやかしだけといっていい。
ブルームバーグ・エコノミクスの最近の推計によれば、2016年の国民投票で離脱が決まって以来、英国が被った経済的損失はすでに1300億㍀(約18.4兆円)に達する。移行期間が終わる今年末までに英国はさらに700億ポンド(約10兆円)も貧しくなる見通しだ。信頼の置ける別の機関も似たような数字をはじいている。
ところが熱に浮かされた離脱派は、離脱に伴う代償などまるで意に介さない。代償なんて知ったことか、英国は自由を取り戻したのだ──離脱派はそう主張して譲らない。「われわれは主権を取り戻したのだ」、と。だが、その言葉が具体的に何を指しているのかははっきりしない。
はっきりしているのは次の2つだけだ。まず、移行期間が終わる12月31日までにEUと詳細かつ洗練された包括的な通商協定を結ぶのはほぼ不可能であること。次に、EU市場へのアクセスを維持しようとすればするほど、EUのルールからは離れられなくなることだ。どうあがいても、これらの事実は変えようがない。
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