ハンガリーのブダペストを拠点としてきた中央ヨーロッパ大学(CEU)が政府の独断で国外追放され、11月15日、オーストリアのウィーンで正式にキャンパスを開いた。ハンガリーのオルバン政権は同日、ブダペストで大型スタジアムを開設している。
予想どおり、政府が牛耳るハンガリーのメディアはスタジアムの話題で持ちきりとなり、CEU国外移転のニュースは無視された。同校は世界の大学ランキングでも高く評価される名門なのだが。そしてこの日、欧州連合(EU)の指導層も多くが口をつぐんでいた。EUで初めて大学が亡命を余儀なくされたにもかかわらず、である。
確かにEUでは主要政治家のほとんどが何らかの形でCEUに連帯感を示してはきた。例えば、欧州委員会はCEUの国外追放を企図した立法を問題視し、2017年12月にハンガリーを欧州司法裁判所に提訴している。
さらに19年3月には欧州議会の最大会派、欧州人民党(EPP)もオルバン首相率いる「フィデス・ハンガリー市民同盟」に会派加盟の資格停止処分を下した。フィデスがフェイクニュースをばらまいてユンケル欧州委員長(当時)を中傷したことが直接の原因だったとはいえ、「学問の自由」に対する攻撃が問題視されたのも事実だ(編集部注:フィデスとユンケル氏はともにEPPに所属)。
しかし、オルバン政権は結局、CEUを国外に追い出した。自らが先陣を切って欧州の強権政治家が見習うべき前例をつくったのである。さらにハンガリーとポーランド政府はCEUがウィーンでキャンパスを開いた5日後、「法の支配」の維持状況について年次報告書をまとめるというEU決議にも拒否権を発動している。
市民の弾圧を黙認
CEUの国外追放はEUについて2つの現実を浮き彫りにした。1つは、ハンガリーとポーランドの政府が今も右派ポピュリズムの旗を高々と掲げていることだ。5月の欧州議会選挙ではポピュリスト政党が伸び悩んだが、これとは対照を成す動きである。両政府にとって重要なのは欧州委員会や欧州司法裁判所が保護する「経済の自由」ではない。EUの規則を好き放題に破ることのできる自由だ。
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