大規模デモによる政治危機に香港が陥ってから4カ月が経つ。だが、事態収束のメドはまるで立っていない。
きっかけは、犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案だった。これが引き金となり、本土の「共産党支配」から香港の「法の支配」を守ってきた1国2制度の壁が壊されるとの恐怖感が広がった。
無理もない。何しろ新疆ウイグル自治区の「再教育施設」で少数民族を拘束し、人権派の弁護士や活動家を投獄してきたのが中国共産党だ。習近平国家主席が掲げる「中国の夢」は香港市民にしてみれば悪夢以外の何物でもない。
200万人デモにつながった条例改正問題はその後、一気に複雑化していった。香港政府は当初、市民の反発を歯牙にもかけない様子だったが、事実上の廃案宣言を行ったときには、時すでに遅し。この頃には別の問題に市民が神経をとがらせるようになっていた。
そもそも香港では、高額な住宅費などで逼迫する生活に不満が高まっている。そこに、警察の手荒な取り締まりのせいでデモが過激化し、過激化したデモが警察をいっそう暴力的にさせるという悪循環が加わった。中国共産党が操る親中派が暴力団を雇い、デモの参加者を袋だたきにした事実も明るみに出た。香港政府は事態を把握しながら静観を決め込んだのではないか。そんな疑惑が膨らむ。
とりわけ問題なのは、一連の流れの中で中国指導部の強硬姿勢が一段と明白になってきたことだ。
共産党支配の急所
香港には中国共産党の圧政を嫌い、本土から逃れてきた人が多い。香港でこれほど多くの中国人が共産党批判を繰り広げるのを見て、中国指導部は相当いらついているに違いない。本土の人々と違って、香港市民には言論の自由があるし、海外からの情報も遮断されていない。民主化デモに参加した若者が人民解放軍に虐殺された天安門事件も、本土と違って歴史の闇に葬り去られているわけではない。
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