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憲法で米国の民主主義は救えない ウクライナ疑惑から高まるトランプ大統領弾劾の機運

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情報機関の内部告発で発覚したウクライナ疑惑をきっかけに、トランプ米大統領弾劾の機運が再び高まってきた(編集部注:トランプ氏には大統領選挙の民主党有力候補、バイデン前副大統領の息子の現地での汚職を捜査するようウクライナ大統領に圧力をかけた疑いが浮上している)。

有権者の大多数は、おきてを破り、事実をねじ曲げ、国の分断に拍車をかけるトランプ氏にいいかげんうんざりしている。だが、米国政治に自浄作用を期待するのは間違いだ。待っていてもワシントンに白馬の騎士は現れない。トランプ氏に責任を問えるのは最終的に国民をおいてほかになく、何よりもまず選挙で「ノー」を突きつけなくてはならない。必要なら街頭デモにも打って出るべきだ。

一般に米国の政治制度や合衆国憲法は美化されすぎていて、米国の自由や民主主義は安泰だと信じ込んでいる人が多い。だが、このような理解は事実に反する。民主主義や自由は人々が行動することで生まれ、守られるものだ。米国とて例外ではない。

建国の父は当時の英国エリートと同様に、支配階級を頂点とする中央集権的な強国を理想としていた。このような発想は1787年に書かれた合衆国憲法によく表れている。憲法には当初、人権規定すら存在しなかった。手違いでそうなったのではない。庶民の民主主義熱を抑え込むことが憲法制定の最大の狙いだったからだ。

独立戦争の余韻も覚めやらぬ中、庶民は「自由」の概念に心を奪われ、政治に積極的に関わろうとしていた。そして各州は庶民感情に応える形で勝手に通貨を発行し、他州からの輸入品に税を課すなど、やりたい放題の自治を展開するようになっていた。

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