有料会員登録 東洋経済オンラインとは
ライフ #人が集まる街 逃げる街

人々が行き交う未来の郊外タウン 立川市[東京都]

3分で読める 有料会員限定
  • 牧野 知弘 不動産事業プロデューサー

東京都立川市は多摩地区のほぼ真ん中にある人口約18万人の街である。JR中央線の立川駅から特別快速に乗車すれば、新宿駅には25分、東京駅には40分程度でアクセスできる。JR立川駅は中央線のほか南武線も走り、川崎方面へアクセス可能。青梅線で奥多摩方面にもつながる。

立川市を南北に貫く足の便としては多摩都市モノレールがある。このモノレールに乗って、北上すれば玉川上水駅で西武拝島線に接続し、南下すれば高幡不動駅で京王線に、多摩センター駅で小田急多摩線、京王相模原線に接続する。立川駅は多摩エリアの広範囲から人を集めることができるのだ。

立川市は1970年代前半まで「基地の街」という色彩が強かった。この街を語る際、軍事拠点としての歴史を語らないわけにはいかない。1922年、当時の立川村に帝国陸軍飛行第5大隊が立川飛行場を設置したのが、軍とのつながりの発端だ。30年に当時東京都中央区の月島にあった石川島飛行機製作所が立川に移転し、36年に立川飛行機株式会社となって帝国陸軍の軍用機を製造した。

戦争終結後の45年9月、立川飛行場は米軍に接収された。その後も朝鮮戦争やベトナム戦争で出撃の拠点として使われ、この街から戦争のにおいが消えることはなかった。50年代後半には基地を拡張しようとする米軍と、それを阻止しようとする住民や学生などとの間で激しい闘争が起こった。舞台となった地名から「砂川事件」という名で歴史に刻まれている。

空から見た立川市。中央に陸上自衛隊駐屯地や国の防災基地がある

77年に米軍は現在の横田基地に移転。立川基地は全面返還された。跡地は住宅などの乱開発に充当されるのではなく、陸上自衛隊の立川駐屯地や国営昭和記念公園となったほか、国の機関である立川広域防災基地が整備された。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数