有料会員登録 東洋経済オンラインとは
政治・経済・投資 #歴史の論理

皇帝か裸の王様か 顔に墨汁の習近平 個人崇拝にまで達した権勢拡大

3分で読める 有料会員限定
  • 岡本 隆司 早稲田大学教育・総合科学学術院教授

INDEX

去る7月4日の早朝、上海のオフィス街・陸家嘴(りくかし)で一人の女性が、習近平の顔に墨汁をぶっかけた。もちろん、中国国家主席の習近平本人に、ではない。共産党政権のプロパガンダ用看板に印刷した写真に、である。

それなりに周到な準備をしたパフォーマンスだったのであろう。「中国共産党による洗脳に反対する」、「習近平の独裁的で専制的な暴政に反対する」と言明、それがSNS上に流れたわけなので、ともかく穏やかではなかった。

個人崇拝にまで達した

今年に入って、習近平の権勢拡大はとどまるところを知らない。「党の核心」たる「習思想」を一心に学習しようという、個人崇拝にまで進んでいった。

しかし権力者の恣意・独力ばかりで、それがかなうはずもない。物を言うのは古今東西、権力者をとりまく人々の支持・忖度(そんたく)・迎合であった。そうしたドミノ現象が起こると、異論はことごとく封殺されてしまうのであって、今回もどうやら、同じ様相を呈している。

「今回の墨汁事件は、上海の若い女性が「みんな薄々は思っていたけれど誰もしなかったことをした」という、童話の「裸の王様」みたいな事件である。逆に言えば、習近平政権成立以来の中国国内では、この程度の行為すらもみんなビビってやらなくなっていたのだ。」

引用は安田峰俊氏が「文春オンライン」に7月23日付で掲載した記事の一節である(http://bunshun.jp/articles/-/8251)。ドミノ現象の雰囲気を写し取って、余蘊(ようん)がない。なるほど「裸の王様」か、と腑に落ちるところがあった。

「裸の王様」とは、いわずとしれたアンデルセンの童話である。権力者が陥りがちな自尊自大・傍若無人の習性を痛烈に諷刺する作品。日本でも流布し、「裸の王様」だけで、庶民から浮き上がった君主を指すほど、ポピュラーな言い回しとなった。習近平もついに「裸の王様」か、というわけである。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

政治・経済・投資

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数