「ゴルフをして、スコアだけ持って帰ったらアカンで」
という赤星六郎の名言を教えてくれたのは、廣野ゴルフ倶楽部の鈴木一誠理事長だった。ゴルフの愉しさや倶楽部ライフなど、スコアだけでなくゴルフを通して得るものがたくさんあるということを語っている言葉だ。
赤星は、1927年第1回日本オープン、そして30年日本アマに圧倒的な強さで優勝している。もちろんアマチュア選手である。赤星は米プリンストン大学ゴルフ部キャプテンとして、在学中パインハーストでの大会にも優勝している。そのMr.アカボシが帰国して、日本のゴルフ界は大きく変革した。
競技ばかりでなく、コース設計でも我孫子ゴルフ倶楽部、相模カンツリー倶楽部を手掛けた。さらにアリソンバンカーで有名なC・H・アリソンを招聘し、廣野ゴルフ倶楽部や川奈ホテルゴルフコースの設計のコーディネーションを、大谷光明とともにしていた。
このところ個人的な興味も手伝って、歴史的なコースを巡礼している。日本初の神戸ゴルフ倶楽部(03年)。そして雲仙ゴルフ場(13年)。雲仙は日本初のリゾートコースで、現存する日本で2番目に古いコースである。06年にできたニッポン・レース・クラブ・ゴルフィング・アソシエーション(横浜・根岸)は、残念ながら現在は公園になってしまっているが、コースの面影を垣間見ることができる。
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