北海道の新千歳空港から鉄道かバスに約2時間半揺られると、ニセコ町にたどり着く。ニセコはアイヌ語で「切り立った崖」を意味する。以前は「狩太(かりぶと)町」という名称だったが、1964年に現在の名称に変更された。
隣接する倶知安(くっちゃん)町と並び、道内屈指のスキーリゾートとして栄えてきたニセコ。町内には複数のスキー場があり、パウダースノーの魅力は国内の多くのスキー場でも群を抜く。また羊蹄山を代表とする景観や、域内で栽培される野菜、さらに湯量の豊富な温泉などの資源に恵まれ、多くの観光客をとりこにしてきた。
こうした観光資源に目をつけたのが外国人客だ。2004年度にわずか1万3833人泊だった外国人客の延べ宿泊者数は、16年度には約15倍の20万4494人泊にまで激増。その内訳は中国、香港、台湾といったアジア人だけでなく、オーストラリア人や米国人にも広がっており、町内の道路標識やレストランのメニューには英語表示が浸透してきた。
外国人客がこれだけ増えた理由は、パウダースノーの魅力だけではない。従来ニセコといえばスキーリゾートという印象が強かったが、その印象をがらりと変えたのが夏のスポーツである。
たとえばニセコでは、春から夏にかけて尻別川でのラフティングが盛んだ。ラフトと呼ばれるゴムボートを使って激流を下るスポーツ。こうした夏のスポーツは、日本人がその魅力を世界に発信したわけではない。この地を訪れた外国人が口コミで広げたのだ。
実際、ラフティングは米国が発祥の地といわれるが、ニセコではオーストラリア人が始め、ネット上の口コミで広げた結果、ニセコの夏を代表するスポーツとして定着していった。カヌーやトレッキングも同様である。「夏も楽しいニセコ」は、そのイメージの多くを、同地を訪れた外国人たちが作り上げた経緯があるのだ。
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