「俺たちはなぁ、陸海空自衛隊の中で唯一階級章をつけない部隊だ。そんなものはどうでもいい世界だからだ。この中では俺が階級も年齢もいちばん上だけど、関係ねぇんだ。こだわるのは、そいつの戦闘力だけだ。だから、俺には、敬語を使うな」
自衛隊という組織は、階級が16個もあり、一般社会では考えられないほど細かく上下の関係を仕切っている。しかも、勤務中は階級章がいつも確実にわかるように服装を規定しているし、ジャージーにさえ階級章を縫い付けさせている部隊もある。
そんな中で、特殊部隊でも実際に現場に出ていく者の世界では、上下関係を何とかしてなくそうとした(隊長や外部から支援をする人たちは別)。
そう簡単にできないことは、子供の頃から運動をしてきて、日本体育大学の合宿所で育った、いわゆる体育会系どっぷりの私がいちばんわかっていた。
しかし、どうしてもそれをなくさなければならない理由があった。日本初の特殊戦教育があまりにも危険だったからだ。
「俺がやろうとすること、おまえらにやらそうとすること、すべて疑え。もしかしたら、やろうとしていること自体が間違いである可能性がある」と言って、教育する立場の私を疑わせることから始めたし、「おまえらには、納得できないことを拒否する権利がある。俺たちがやろうとしていることは、それくらいやばいんだ。俺は、それくらいビビっている」と言って、死亡事故を防ぎきる自信がないと、最初に白状せざるをえない教育だった。
私の間違いは、そのまま死に直結する。それを最後に止めるのは、彼らなのだ。どうでもいいヒエラルキーが邪魔をして、発言を躊躇されては、防げるかもしれない死亡事故が防げなくなる。
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