私は海上自衛隊を42歳で退官した。特殊部隊の創設から足かけ8年在籍したこともあって、退官後は、各国の軍隊や警察に特殊戦技術を指導する機会が多い。
しかしその知識・技術は、特殊部隊ではなく、退職後に移り住んだフィリピンのミンダナオ島で習得したものがほとんどである。
生命の危機から始まること
「二日後の現時刻に現在地でピックアップする。待つ時間は3分。会えなければ、また24時間後に来る」
私は、真夜中の沖縄県西表島の浜辺で3人の男たちに話をしていた。わずかな星明かりで見える彼らの表情には、不安しかなかった。
「指定したポイントさえ通過すれば、ルートもペースも自由だ。ただし、絶対に人と接触するな。前進!」
3人の男たちは、強制労働に向かう囚人のような表情でやぶの中に入っていった。私は、彼らに背を向けてカヌーでその場から離脱したが、私の背中には、3本の念が刺さっていた。彼らがやぶの中から恨めしい目でこちらを見ていたからだ。
彼らは、自衛官でも警察官でもない。アウトドアが趣味の普通のサラリーマンなのである。民間人に戦闘技術は絶対に教えないが、地図の見方や、寒さから身を守る方法、水をどうやって獲得するかなどのサバイバル技術を教えることはあるし、民間企業の依頼で、社員研修を自然の中で行い、チーム行動によりリーダーシップやチームワークの醸成をすることもある。
この3人は、冒険家にでもなるのかと思うほどの情熱で、何でも知りたがった。仕事をやり繰りして時間を作り、せっかくの土日を潰して定期的に必ず私のところへ来る。自宅へ帰ってからも自分で訓練している。でなければ、あんなスピードで習得できるわけがなかった。
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