7月27日、「大戸屋ごはん処」の創業家関係者が山梨市に集まった。
この日は大戸屋ホールディングスの実質創業者で、2015年7月に57歳で亡くなった三森久実氏の命日。生家近くに設けられた墓には、妻の三枝子氏や息子の智仁氏(27)、苦楽を共にしたフランチャイズ(FC)オーナーなど20人弱が訪れた。
墓前で三枝子氏は、「次は仏パリ(に出店)と言っていた。魂は今でも世界を駆け回っているのではないか」と、亡くなる直前まで海外出張をしていた亡夫をしのんだ。この日、現経営陣の姿はなかった。
本誌6月18日号で既報のとおり、大戸屋では役員人事をめぐり、創業家と会社側の対立が続いている。創業家側の智仁氏は「お家騒動ではない、乗っ取りだ」と主張、主謀者として、役員である河合直忠氏(71)を名指しする。
河合氏は、大戸屋のメインバンクである旧三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)で常務を務めた人物で、久実氏が02年に会長として招き入れた。10年に役員を退任し、相談役に就任している。
創業家が河合氏に反発するのは、久実氏の告別式で弔辞を読ませるなど信頼を寄せていたのに、「事実ではないことを理由に経営に介入した」(智仁氏)と見るからだ。
話は14年、久実氏が末期の肺がんで、余命1カ月と宣告されたことにさかのぼる。久実氏の持ち株比率は約18%で遺族には巨額の相続税がのしかかる。会社側は対策として功労金の支給を検討。実際、会社は15年に久実氏が亡くなった後に臨時株主総会を開くと公表、8.7億円の功労金支給の方針を固めていた。
ところが事態は暗転する。智仁氏によれば、河合氏が「銀行が功労金を出すべきではないと言っている」「赤字事業が多く、資金の引き揚げを検討している」と発言。窪田健一社長(45)は功労金の支給を急きょ見送った。
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