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キャリア・教育 #「教育」の経済学

文系廃止は教育の本質に逆行する [INTERVIEW] 「大学改革」に物申す

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うちだ・たつる●1950年生まれ。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院博士課程中退。神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想。武道と哲学の学塾「凱風館」館長。(撮影:ヒロオカスタジオ)

学部再編、教養課程の見直し、独立行政法人への移管──。文部科学省はここ20年以上、大学改革を推し進めてきた。直近では今年6月に出した「教員養成・人文社会科学系学部を廃止する」とも読める通達が波紋を広げている。

本来教育とは、自分たちの共同体に属する若い同胞の成熟を支援していくという、非常に気長で忍耐のいる作業だ。欧州では1000年以上の歴史を持つ大学があるが、建物の形も教室の様子も、授業のカリキュラムも急激には変化しない。「時代のニーズにキャッチアップする」という考え方は、もともと教育にはそぐわない。

ところが文科省の一連の大学改革は、市場の要請に合わせた“人材”を育てるようにと変革を促すものだ。社会のニーズに即した学問は残し、それ以外は切り捨てる「実学志向」が教育の現場に蔓延した。

実学志向の問題点は、一人ひとりの幸福や達成感を無視し、代替可能で規格化された人間を作ることだ。

「グローバル人材」は規格化された根無し草

たとえばその重要性が声高に叫ばれている「グローバル人材」。ある会社では採用面接で「明日、辞令が出て海外の支店に行けと言われたら、君は行けるか」と聞くという。ここで「はい」と即答できる人間が採用されるのだが、言い換えればこの人は、「明日、いきなりいなくなっても誰も困らない人間」である。

家族や地域社会に頼られ、必要とされる人間なら、こんな辞令には簡単には応じられないはずだ。教育の目的はむしろ共同体に根付いた、成熟した人間を作ることであり、グローバル人材という名の根無し草を作ることなど到底できない。

そもそも「実学」とは、単に教育投資が短期的に、確実に回収できるものをそう呼んでいるだけで、何が実学で何が虚学か、の定義はない。文系・理系を問わず、産業構造の変化とともに移り変わる。

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