ドラマの影響もあってか、企業者の集まりでの講演のテーマは「吉田松蔭の人材育成について」というのが多い。わずか2年足らずの松下村塾経営で、明治維新を実現し、しかも新政府を担う人材群を輩出した松蔭の教育法・リーダーシップには、確かに奇跡に近い妙法があったに違いないと思うのは自然だ。
松蔭は門人たちに次のように告げた。私を師と呼ぶな、共に学ぶ学友である。村塾内に友を作れ。自分の欠点を補う長所の持ち主を探せ。師をたくさん作れ。現存の人物だけでなく歴史の中からも探せ。ただし一人の人物にのめり込むな。多くの人物の“いいとこ取り”をせよ。
最後の教えは松蔭の「人間関係は極力枠を広げてその数を増やせ」という考えによる。この世にマルチ人間などいないし、一人にのめり込むと付き合う人間の数が限られるし、また考えが偏ると彼は思っていた。
私はこの教えを信奉している。松蔭はコラボレーションの達人だ。異能と異能を組み合わせ、その乗算によって新しいパワーを生む巧者だった。私にも、私にとって異業種の企業人からいろいろ学ばせてもらった経験がある。
H造船の社長だった藤井さんは銀行マンからそのポストに就いた。就職希望者の面接試験には必ず立ち会った。といっても直接面接官になるのではなく、一隅にいてやり取りを見聞するのだ。面接官はやり取りを終えるとそっと藤井さんを見る。藤井さんはさりげなく指を×印に組んだり、○印にしたりする。×は不合格、○は合格だ。
藤井さんが関心を持つのは「なぜウチの会社に入りたいのか」という面接官の質問に対する答えだ。大手だからとか安定しているから、などという答えではもちろんダメ。「この会社には危機が三つあります。二つの危機は経営陣の問題。しかし三つ目の危機は社員の問題です。もし入社できたら僕はこういう改革努力をしたいと思います」などと答えようものなら、藤井さんは相好を崩して○印。東京へ見えるたびにホテルの酒亭に誘ってくださった。
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