派閥が機能しなくなった日本の政治
キケロは政治を「可能性を探る技術」と考える。
政治の世界において追求するのは絶対的真理ではない。自分が絶対に正しいと考える政策であっても、ほかの人はそう考えない場合があり、ほかの人が絶対に正しいと考える政策でも、自分には受け入れられない場合がある。
キケロが考えるのは、絶対に正しいことは存在しないという価値相対主義ではない。絶対に正しいことは存在する。ただし、それは複数存在するのである。
正しいことを信じて結集するのが派閥だ。派閥は必ず複数存在しなくてはならない。
キケロは政治において派閥は不可避であると考える。
彼は伝統的な価値観と法の優位性を固く信じていたが、物事を成し遂げるためには、国内のさまざまな派閥が積極的に協力し合わねばならないことも知っていた。
ひと握りの人間が、財産や家柄や、そのほか何か有利な点を理由に国家を支配する場合、たとえ貴族政治と呼ばれていようとも、それは単なる派閥にすぎないのである。
一方で、もし大衆が権力を握り、その時々の望みに従って国政を運営するなら、人はそれを自由と呼ぶかもしれないが、事実上は無秩序なのである。
しかし民衆と貴族とが、お互いの個人やグループを恐れつつ緊張関係を保つなら、そのときはどちらも支配権を握ることはできず、人々と権力者の間で折り合いがつけられることになる。(書籍内78~79ページ)
