博報堂を辞め、プロレスに挑む男が見た現実 「好きなことで、生きていく」のは甘くない

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博報堂時代の同期と飲みに行くと、彼らは三富がレスラーであることをリスペクトしつつ、勘定の際には多く出そうとする。「どうせあまりもらっていないんだろう」という配慮からだろうが、三富にはそれが辛かった。

それでもアルバイトはしないのが、三富のこだわりだ。逆に言うと、アルバイトをしているプロレスラーはザラにいる。アルバイトをすれば20万円程度は稼げる。しかし、それでは何のためにプロレスラーになったのかという話になる。そこはゆずれないポイントだ。

「棚橋弘至になるにはあと10年間はかかる」

プロのレベルの違いについても日々考えた。興行の中での自分のポジション、与えられた「仕事」を考えるようになる。好き勝手に自己主張してきたアマチュア時代とは違う。

上には上がいる。競争が激しい世界だ

プロレスラーとしての自分の限界にも気づいた。先輩たちの背中を見て、上手くなっている、進化しているという実感は、ある。身長は決して高くないものの、スターになる可能性はある。ただ、「棚橋弘至になるにはあと10年間はかかる」ということに気づいてしまった。

そして思いがけず届いた所属団体解散の知らせ。2015年10月4日、ユニオンプロレスは解散した。同団体の10周年という記念すべき日でもあったが、団体は解散という道を選んだ。

会場の後楽園ホールは主催者発表1530人。超満員と言っていい入りだった。お笑いの要素のある試合や、女子プロレス、3WAYマッチ、エース同士のバチバチのバトルなど、バラエティ豊かな試合が展開された。選手たちがマイクを握り、解散セレモニーが行われた。客席からファンのすすり泣く声も聞こえた。出口では、出場したレスラーたちが来場者全員と握手していた。

三富は第一試合のタッグマッチに出場した。試合は三富政行選手が相手をフォールし、7分9秒で終了した。いってみれば、よくある普通の若手による前座試合だった。ただ、この日の三富からは、愛惜の念でもなく、清々しい決意が感じられた。終了後、四方に深々と礼をした。全試合終了後、所属レスラーが全員スピーチしたが、三富は新しい門出に対する決意を語った。

学生プロレスで名を残した彼だが、就活は下手に楽勝に決まってしまったがゆえに、社会人になる、会社員になるという踏ん切りが彼の中でできていなかったのではないか。「自分とは何か」「なぜ組織に入って働くのか」と考える機会があまりないまま社会に出てしまった。私にはそう見えている。

しかも、博報堂という大企業に入ってしまった。羨ましがる人も多いであろうコースではあるが、これがむしろ悲劇になった。学生プロレスでブレークしていたがゆえに、ピーターパン症候群ではないが、博報堂在籍中も理想とのズレにずっと悩むことになった。潮吹豪という学生プロレスのビッグネームから卒業できずにいた。プロレスラーで食べていくと覚悟したものの、だからと言って自分が思ったようなプロレスラー像にすぐに近づけるわけではない。世の中は甘くない。

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