プロ野球を2度クビになった男がつかんだ宝 細山田武史は、それでも腐らずにやり続ける
「最後の最後で優勝を経験できた。(福岡ソフトバンク)ホークスでは本当に貴重な経験を積むことができて、心から感謝している」
今年10月、プロ野球生活で自身2度目の戦力外通告を受けた男は、静かに語った。
細山田武史。早稲田大学時代、2年秋から正捕手として活躍し、3年時には当時話題の中心だったハンカチ王子こと斎藤佑樹とのバッテリーが注目を集めた。野球好きの間で「キャッチャー山田」といえば、ドカベンの山田太郎であり、山田太郎といえば「太」山田。その中でキャッチャー「細」山田というインパクトが、野球好きの脳内で絶妙な混乱を引き起す。
見ている者を飽きさせない魅力と、話題性を持つ男
「2番キャッチャー細山田、背番号6」という、もう気になって仕方のないアナウンスは、これまた野球ファンであれば、一度聞くと忘れない、いや、忘れることのできない選手だった (ちなみに、早稲田大学の正捕手は伝統的に6をつけることになっている)。大学時代はセーフティバントを多用しながらも、足は決して速くない。いや、むしろ遅いという、見ている者を飽きさせない、魅力も話題性も持ち合せていた。
そんな、「何か気になる細山田」がプロ入りしたのは2009年。前年のドラフト会議で横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)から4位指名を受けて、入団した。当時、私はプロ3年目。春の沖縄キャンプは1軍で、捕手としての参加だった。ルーキーの細山田と私は同じ部屋となり、約1カ月を共に過ごすこととなる。「何か気になる細山田」は、同じチームの、同じポジションの、同じ部屋の後輩となった。
抽象的な表現だが、細山田のプレイスタイルは非常に泥臭い。プロ野球選手の捕手として、セカンドへ投げる肩はお世辞にも強いとは言えず、打撃力も。それでも、守備で献身的に投手をリードする姿や、打席でのボールに食らいついていく迫力は、それだけで見ている者に何かを期待させた。
体力や技術の差を埋めるべく、細山田の練習は夜遅くまで続く。練習後も部屋に帰ってこない細山田は、深夜までバッテリーコーチの福澤洋一とミーティングを重ねていた。部屋に帰ってもひたすらキャッチャーミットを磨く細山田の野球への集中力は、確かに異常だったといえる。