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横浜駅西口「砂利置き場から一大繁華街へ」の70年 放置されていた「荒れ地」が変貌、次の再開発も始動

横浜駅西口はかつて荒れ地だった。戦後にスタンダード社から取得した横浜駅西口の土地。「相模鉄道株式会社所有地」の看板が見える(写真:相鉄グループ)
1922年の地形図。中央やや上に「スタンダード油槽所」の文字が見える。貯油タンクが関東大震災で爆発し一帯は火の海と化した。横浜駅はまだ高島町(地形図下)にあった(地図画像:国土地理院所蔵)
70年前の横浜駅西口開発時の建設計画図。A:相鉄横浜駅、B:アーケード商店街、C:劇場ビル、F:百貨店など(画像:相鉄グループ)
1956年4月に「横浜駅名品街」を含む「横浜センター」が開業した。開業まもない横浜駅名品街(写真:相鉄グループ)
開発が進み一大繁華街となった1980年ごろの横浜駅西口(編集部撮影)
1980年ごろの横浜駅東口。左奥に西口の相鉄ジョイナスのビルが見える(編集部撮影)
2010年ごろの横浜駅西口の様子。駅ビルは再開発前の建物だ(撮影:今祥雄)
2010年ごろの横浜駅西口の様子(撮影:今祥雄)
2026年春の横浜駅西口の様子。JRの駅ビルは「JR横浜タワー」に変わった(編集部撮影)
横浜駅名品街は1973年に相鉄ジョイナスに生まれ変わり、相鉄横浜駅、専門店街、高島屋が一体化した(筆者撮影)
現在の相鉄横浜駅入口付近(筆者撮影)
「横浜駅西口大改造構想」の第一歩として、商業施設「相鉄ムービル」の建て替えに着手する予定。隣接する「1000CLUB」「横浜西口一番街」も同時に再開発する(筆者撮影)
「相鉄ムービル」外観。通りに面した西側1階入口付近(筆者撮影)
エキサイトよこはま22(横浜駅周辺大改造計画)のエリア(画像:横浜市資料)
横浜駅西口の周辺と、相鉄グループが保有する物件(編集部作成)
雑然とした雰囲気が残る横浜駅西口繁華街。河川空間が生かしきれていないのが現状(筆者撮影)
鶴屋町の再開発ビル「THE YOKOHAMA FRONT」も相鉄が手がける横浜駅西口の事業。沿線6大プロジェクトの1つとして2024年6月に先行開業した(筆者撮影)
横浜駅西口エリアは狭い路地が多い。街の特色である界隈性を残しつつ、どのように歩きやすい動線をつくるかが大きな課題だ(筆者撮影)
昭和レトロの「横浜西口一番街」もムービルとともに再開発の対象となる(筆者撮影)
平沼橋から見た横浜駅西口付近。高島屋と相鉄ジョイナス、そして左側の帷子川沿いに相鉄ムービルが見える。相鉄線の電車は最新の13000系(編集部撮影)
平沼橋から見た横浜駅西口付近。左側の相鉄ムービルは再開発により2026年9月末で閉館する(編集部撮影)
相鉄の9代社長で横浜駅西口開発を推進した川又貞次郎(写真:相鉄グループ)
ジョイナス屋上「ジョイナスの森彫刻公園」へのエレベーターホールに設置されている川又貞次郎の胸像(筆者撮影)
現在の東急グループを築いた五島慶太。川又貞次郎とは「有名な犬猿の仲だった」とされる(写真:東急)
横浜駅西口エリアで約37年にわたり営業を続けてきた、映画館をキーテナントとする商業施設「相鉄ムービル…