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障害のある弟と28歳の姉の「大変じゃない」生活 先生の「助けてあげましょう」に泣いた理由

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  • 大塚 玲子 ノンフィクションライター
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忘れられないのは、良太さんが小学校に入学したときのことです。良太さんは人と話すのがとても好きなので、特別支援学校ではなく、あえて奈美さんと同じ学校の特別支援学級に入ったのですが、そのときに先生が集会の場で、こんなことを言ったのです。

「奈美さんは家でも知的障害のある弟さんの面倒をみていて、大変でかわいそうだから、学校ではみんなで助けてあげましょうね」

この言葉は、奈美さんにとっては非常にショックなものでした。彼女は「障害があってもなくても良太はそのままで良太」と思っており、自分や弟のことを「大変」とも「かわいそう」とも思っていませんでした。

なのにそれを、哀れみの対象のように言われてしまったのです。家に帰った奈美さんは、母親に「私は大変じゃない」「良太はかわいそうじゃない」と言って泣いたといいます。

もちろん今なら、先生が親切で言ってくれたことはわかるのです。しかし、みんなの前で「かわいそう」な存在にされるのは、とてもつらいことでした。

話せるようになるまで待ってくれることが1番うれしい

経験がないとちょっと想像しづらいかもしれませんが、「かわいそう」という目で見られる側は、決していい気持ちはしないものです。筆者もシングルマザーという属性から同情視されることがたまにあり、親切心はわかるものの、複雑な気持ちにもなります。

その後、奈美さんが学校に持っていった『わたしたちのトビアス』(編:セシリア・スベドベリ 訳:山内清子 偕成社)。障害児の弟をもつ姉・兄たちが描いたスウェーデンの絵本です。

でも筆者も、うっかりほかの人に同じような発言をしてしまったことはあります。以前、子どもの学校の特別支援学級のお母さんをムッとさせてしまった、ある失敗を思い出し、奈美さんに話したところ、彼女はこんなふうに言いました。

「たぶんみんな『何かしてあげたい』という思いは、すごくあるんですよね。でもその『何かしてあげたい』という思い自体が、そもそも押し付けなのかもしれません。

私は中学生のときに父を突然亡くしたり、高校生のときに母が病気で半身麻痺になってしまったりして、いろんな人に声をかけられてきたんですが、1番うれしかったのは、私の話を聞いて同じように悲しんでくれる人の存在でした。『何かしてあげる』というよりも、ただただ一緒に泣いてくれて、私が話をできるようになるまで待ってくれた人のことって、やっぱり今でもずっと覚えているし、縁もつながっている。

だからその先生も、『かわいそうだから助けてあげないと』じゃなくて、『奈美ちゃんが何も言いたくないならそのままでいいけど、もし何か言いたくなったら、いつでも話を聞くよ』と言ってくれたら、たぶん1番うれしかったんだろうなって思いますね」

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【「相手が望むことをする」】

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