2014年に八王子医療刑務所の移転という政府の方針が出されると、八王子市では、刑務所用地(約4ヘクタール)と宿舎用地(約1.3ヘクタール)からなる約5.3ヘクタールの広大な用地について、「新たな集いのゾーン」として活用する案が検討されることになった。
興味深いのは、パブリックコメントで「医療刑務所があったことを何らかの形で残すべき」「歴史を正しく残すことは重要なので、刑務所があった史実を一角に残す」「医療刑務所自体も貴重な歴史遺産ではないかと思う」などという意見が出たことだ(八王子医療刑務所移転後用地活用計画(素案)についてのパブリックコメント実施結果)。
「歴史的遺構」として公園内にコンクリート塀の一部が保存されることに
これらを参考に、公園の敷地には、八王子医療刑務所を囲んでいたコンクリート塀の一部が「歴史的遺構」として保存されることになった。上部をきれいに削り取って加工した塀が数十メートルにわたって続き、塀の内側には、八王子医療刑務所の成り立ちを年表に沿って示すパネルが埋め込まれている。最初のパネルには、こう書かれている。
この地には全国に4か所あった医療刑務所の一つ八王子医療刑務所がありました。周囲には高さ4mのコンクリート塀がめぐり、病棟のほか体育館やプールも備え、治療と更生の日々を支えていました。前身の「八王子監獄署」から148年の歩みを伝えるため、塀の一部を歴史年表としてリメイクし保存しています。
歴史博物館(八王子歴史・郷土ミュージアム)内の展示には、八王子医療刑務所に関するコーナーを設置。概略だけでなく、「近代の刑務所の痕跡」と題し、解体時に出土した物品を解説。明治時代に製造されたレンガ、大正時代に埋められた土管、あるいは陶製の便器、鉄格子の一部の実物を陳列している。手術室やレントゲンと表記された案内板などもある。
巣鴨プリズン跡地のサンシャインシティと比較してみると、立地において市街地と住宅地、機能面で戦犯収容施設と医療刑務所という違いがあるものの、「一部でも遺構にする」という住民の考えがあったことに、少なからず時代の変化を感じる。「負の記憶」を背負った「土地の上書き(placewashing)」を拒む姿勢だからだ。


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