奥西死刑囚は、名古屋拘置所に収容されていたが、2012年に肺炎などの影響で体調が著しく悪化し、医療設備が整っていた八王子医療刑務所へ移送。人工呼吸器をつけた状態が続き、2015年に同所で病死した(現在、遺族らが再審請求中)。
「問題そのものの自然消滅を待つ場所」
両事件とも法曹関係者などから冤罪の疑いが濃厚と指摘され、歴代の法務大臣は「執行のサインは拒否するが、釈放もしない」という立場を堅持した。その結果、同所は「人道的な治療」という名目で世間の目から遠ざけ、「問題そのものの自然消滅を待つ場所」となった。
近年、メディアでは、「受刑者の高齢化」「認知症」「終末期医療・介護」という文脈で八王子医療刑務所が取り上げられることが多くなり、いわゆる「福祉施設と化しつつある刑務所」の現状を伝える、最もインパクトのある施設として半ば周知されていた。
以下に簡単な年表を記してみた。期間だけを見ると、巣鴨プリズン(旧東京拘置所)よりも50年ほど長く「負」の用途を担い続けてきたことがわかる。
1927年:「八王子少年刑務所」に改称
1951年:「八王子医療刑務所」に改称。精神疾患や身体疾患、さらに全国で唯一「終末期(ホスピス)ケア」を担う特別な医療刑務所となる
1985年:平沢貞通(「帝銀事件」の確定死刑囚、画家)が高齢と健康状態悪化のため仙台拘置支所(宮城刑務所内)から移送
1987年:再審請求中のまま、八王子医療刑務所内にて病死
2011年:丸岡修(元日本赤軍メンバー)が、拡張型心筋症などの治療を受けながら服役していたが、同所内で病死
2012年:奥西勝(「名張毒ぶどう酒事件」の確定死刑囚)が、健康状態の悪化に伴い名古屋拘置所から移送
2015年:再審請求を続けたまま、同所内にて肺炎のため病死
2018年:東京都昭島市に新設された「国際法務総合センター」内の「東日本成人矯正医療センター」へ機能を移転、閉所
2023年:敷地を国から取得・借り受け(2021年度)した八王子市による跡地開発・解体工事が本格化
2026年:10月3日、旧跡地に複合施設「桑都の杜(集いの拠点)」がグランドオープン


※ログイン後、コメント入力が可能です。