中国はこれまで、他国との外交紛争をどのようなアプローチで処理してきたのだろうか。「党の喉と舌」といわれるメディア報道と関連付けて論じたのが、米コルゲート大学の助教フランシス・ヤピン・ワンによる “The Art of State Persuasion: China’s Strategic Use of Media in Interstate Disputes(Oxford University Press,2024,未邦訳)”だ。同書では中国が1949年の建国から2017年までに経験した21の外交紛争を対象にデータ検証を行い、国家と国民世論の態度の整合性によって、それを4つに分類している。
エスカレーションを望んでいることを意味せず
この研究において重要な発見は、「外交チャネルや官製メディアの強硬な言葉は、必ずしも事態のエスカレーションを望んでいることを意味しない」ということだ。政府が望む政策と世論の温度感に乖離がある場合に行われるメディアキャンペーンにおいて、ときに政府は強い態度を装い、それをメディアを通じて広めることで怒れる人々の沈静化を試みる。
筆者の書面インタビューに応じたワン氏は、「『強硬な姿勢を見せたかどうか』が重要なのではなく、その中身が怒りや憎悪といった感情を煽る持続的なものだったか、そしてそれが事態を鎮静化させるような合理的メッセージと組み合わされていたかどうか」をみるべきであると指摘している。
研究では日本を含む様々な国を相手にした外交紛争が取り上げられており、たとえば12年9月の尖閣諸島国有化問題も対象となっている。当時の世論調査によれば、国民の関心は国内経済や格差問題にとどまり、対日強硬論は必ずしも盛り上がっていたわけではなかった。だが日本側の国有化発言を重大な主権侵害とみなした指導部は態度を硬化させ、人民日報の一面で「中国国民の感情を傷つけた」といった感情的な言葉を連日投下し、国民の敵愾心を意図的に煽り立てて全国規模の大規模抗議デモや領海侵入の常態化を正当化する大衆動員を展開したと分析されている(国家強硬×国民ハト派/無関心のシナリオAの典型例)。
高市氏の「台湾有事」答弁後の動きをこの研究の基準にあてはめて考えてみよう。まず国家の態度については、一貫して強硬である印象を受ける。もうひとつの軸である世論を見ると、研究で用いられた分類に厳密に従うならば、言論NPO・日中共同世論調査(対日否定的感情87.7%)などによりベースラインは「タカ派」となる。国家も強硬である以上、本件は定義上シナリオCに分類され、理論の予測上はメディアキャンペーンが行われないか、小規模なものに留まるはずであった。
実際、同研究がキャンペーンの強度や大衆動員の度合いを測る指標として重視する人民日報1面への掲載は、典型的なAであった尖閣国有化問題とは異なり、この期間中ゼロ件にとどまっている。しかしさらに細かく見ていくと、党中央の意思を強く反映するといわれるコラム「鐘声」における5本の批判論評をはじめ、11月14日から月末までのたった半月で35件の記事掲載があるなど、相当規模のメディアキャンペーンが行われたことは確実だ。つまり、A(動員)とB(沈静化)のハイブリッドであるということになる。
これは過去の外交危機の中には存在せず、例外的であると言える。それはなぜなのか。ワン氏は中国にとっての台湾問題の特殊性を挙げる。核心的利益と位置づける政治面に加えて、国民感情の面においても、その他の領有権問題とは質的にまったく異なる。もし感情に訴える動員を強硬に行えば制御不能に陥るリスクもあり、及び腰にならざるをえないということだ。またワン氏は近年の傾向として、プロパガンダに関与するチャネルや発信主体が多様になっており、単一の報道から国家の意図を読み解くことは困難になっているという手法の限界についても触れている。


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