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政治・経済・投資 #新競馬好きエコノミストの市場深読み劇場

デビュー当時の理想はいったいどこへ?FRBのウォーシュ議長は完全に市場のいいなり、受け身になってしまった

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金利据え置きを発表するFRBのウォーシュ議長。筆者はすっかり失望してしまった (写真:ブルームバーグ)
  • 小幡 績 慶応義塾大学大学院教授
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もう終わりだ。

いちばん肝心な冒頭の質問、「インフレはまったく収まっていないし、同じ強さであり、経済、景気、雇用の懸念はない、そして、ほとんどの(FRBの)同僚のたちは、年内の利上げを見込んでいる。じゃあ、なんで今回は利上げしないんだ?」に対して、「good question」とウォーシュ議長は答えた。だが、「good answer」はどこにもなかった。「それじゃあ、記者会見をやる意味はゼロじゃないか?」と言いたくもなる。

いや、むしろ、感じ悪いし、アメリカのために必死で議論している記者たちに対して、失礼、いやもう冒涜ではないか? そんなに記者会見が嫌なら、即廃止したほうがいい。それが礼儀だ。しかも、それだったら、謙虚にやったらどうだ? カッコつけは満載のまま、しかし、その空威張りが、究極にカッコ悪い。

ウォーシュ議長が6月に投げかけた「コミュニケーションという名の、FED(アメリカの中央銀行)の、腹を探るだけのゲームは意味がない」、という議論は100%賛成だし、すばらしい考えだし、私だって「市場関係者のトレードの利益のために金融政策はあるんじゃない!」とずっと叫び続けてきたから、全力応援していたのに。なんだこりゃ。

しかし、形式的な虚勢は続く。来年のFOMCにおける政策決定を1回減らし年7回に、再来年の28年には2回減らし、年6回にする。減らした分は、政策決定ではなく、長期や、もっと戦略的な金融政策の議論をするということだ。そして、28年に2カ月に1回となれば、むしろ、その間に情報が蓄積されるから、毎回より充実した意思決定ができる、という主張だ。確かに、毎回目先のことに終始しても仕方がないし、毎回、政策変更がある可能性が十分にあり、動いた次は常に様子見、みたいな、2会合ごとのペースを守る、とかくだらない常識のある日本なんかよりよっぽどいい。

理想像からもっとも遠い姿に、自らを追い込んでしまった

しかし、このような記者会見を続けていては、何の説得力もない。6回にしたって、こんな独りよがりの会見をやられたら、中央銀行への信頼が低下する、単に嫌われる、それだけではないか?

いや、実際には、もっと悪い。

すなわち、ウォーシュ議長が全力で避けようとしていること、もっとも悪い中央銀行の姿であると思っていること、すなわち、FEDが市場に迎合する金融政策を取らされるようになってしまっている、ということだ。

それだけ、市場の儲けの手段にされないように、腹を探らせないように、実質的な経済の分析、情報を交換、集約する関係性とし、金融政策をアメリカ経済にとってベストのものにする、という、ウォーシュ議長の理想像から、もっとも遠い姿に自らを追い込んでしまっているからだ。

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