與那覇:そうしたイージーな手段で注目を集めた専門家が、後で間違いを指摘されたときにどう振る舞うか。反面教師として僕がよく思い出すのは、2014年からのSTAP細胞騒動です。わざわざ記者会見を開いてマスコミを呼び、一般の人に「見てください、すごい成果なんです」とアピールした以上は、疑惑が生じれば当然広い範囲から突っ込まれます。ところが問題の初期には「専門家を批判できるのは同等の知識がある人だけ。同じ専攻以外の人は黙るべき」と、驕った態度で居直る学者がSNSに結構いました。
しかしいまや、それがメディアに出演する専門家の「メソッド」のようになっています。自分はテレビで短く断言し、切り抜き動画で散々バズっておいて、後から間違いを指摘されるや、「学者を批判するなら注のある論文でやるべき」みたいな。
今すぐ「いいね」がもらえるように、自分で議論のハードルを下げれば、低いレベルの賞賛だけでなく、非難も当然集まります。それを受け入れたくないのなら、ハードルを下げずに学会でだけ活動すればいい。他にも急に「私も人間です、批判には傷つきます」と言い出すとか、権威者と普通の人とをコロコロ切り替える学者が目立ちます。
舟津:確かに、言ってしまえば都合がいいですよね。結局のところ、おいしいところだけつまみ食いしたい。
知識人と大衆が「つまみ食いしあう」時代
與那覇:まさにそうですね。本書のモチーフは、スペインの思想家オルテガの名著『大衆の反逆』(1930年)ですが、この本は「俺たち知識人は賢いのに、大衆がダメだ」などとは書いていない。
むしろ知識人こそが雪崩をうって、悪い意味で「大衆化する」時代の問題を指摘しました。令和のSNS社会で専門家が示したのは、知識人と大衆とが互いに相手のおいしいところだけを「つまみ食いしあう」という、よりこじれた構図です。
大衆は、専門家の発言をリツイートして知的な気分を味わう。しかしその内容が間違いだとわかるや、「別に、流れてきたから押しただけだし」だと大衆に戻る。威勢のよかった専門家も、責任逃れのときは「私も人間なので」と大衆になる。互いに相手の「おいしいポジション」ばかりをつまみ食いする、虫のいい関係にはまり込んでしまっています。
(10月29日に配信される第2回に続く)



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