では、なぜ同じMVが、称賛と違和感の両方を呼んだのか。カギは、ミセスという存在に向けられた「期待」にある。
ミセスが負わされる「道徳的な存在」という重荷
ミセスは今や、日本を代表するバンドだ。日本レコード大賞を23年『ケセラセラ』、24年『ライラック』、25年『ダーリン』で3連覇し、バンドとしては史上初の快挙となった。
25年7月からは、東京ディズニーリゾートのイベント「サマー・クールオフ at Tokyo Disney Resort」で、日本人アーティスト初となるコラボも行った。高校生新聞が中高生に聞いた「好きなアーティスト」ランキング(25年版)でも1位に輝いている。
子どもから大人まで、幅広い世代に届く存在になったぶん、「ミセスなら安心して聴ける(聴かせられる)」という期待が、音楽の外側にまで広がっているのではないか。同じ設定のMVを別のバンドが出したら、これほど物議を醸しただろうか。そんな疑問は残る。
《絶妙な範囲内で生々しい現実を描いていると思う》と指摘する投稿もあり、国民的バンドがいわゆる社会の暗部を描いたことに衝撃が走ったのも確かだ。
また、こうした世間の過剰な反応は、過去の出来事ともつながっている。
24年6月12日に公開された『コロンブス』のMVが「差別的だ」と炎上した。メンバーの3名が扮したコロンブスやナポレオン、ベートーベンと見られる歴史上の人物が類人猿に文明を伝えるという演出だった。タイトルにもなったコロンブスが侵略者としての一面もあることから、これらが先住民に対する差別的表現だとして批判されたのだ。


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