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ライフ #再開発されない街

「日本初の本格的な郊外型高級住宅街」「渋沢栄一も開発に関わる」…目黒・品川・大田区にまたがる"隠れ高級住宅街"の実態

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洗足駅
目黒区の洗足駅周辺はどんな街?(写真:筆者撮影)
  • 坪川 うた ショッピングセンター研究家・ライター
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洗足駅を中心に伸びるいちょう通り。汗ばむ陽気でも、木陰になっていて涼しい(写真:筆者撮影)

商店街の周辺には、真っ直ぐで整然とした道に住宅が建ち並んでいる。目を見張るような邸宅がいくつもあるような印象は受けないが、比較的大きな戸建てや新しそうな洋風デザインの戸建てが多い。よく見ると、広い庭を持ち、目黒区指定の保存樹木や保存生垣のある戸建てが点在している。

洗足駅周辺の住宅地(写真:筆者撮影)
道が真っ直ぐ伸びている(写真:筆者撮影)

“足を洗った”伝説

「洗足」とは、なんとも珍しく不思議な地名である。「足を洗う」とはどういうことだろうか。調べてみると、中世の地名「荏原郡千束郷」に由来していた。

“せんぞく”は洗足駅周辺だけでなく、北千束駅や洗足池駅のある大田区にまで及んでいる。「千束」の一部の地域が「洗足」へ変わったのは、1282(弘安5)年、日蓮が千束郷の大池で足を洗ったという伝説に基づくものだ。この池が現在の洗足池で、洗足駅から南へ1km強、洗足池駅付近にある。本当に「足を洗った」ことが由来となっているのだ。

洗足池。大きな池で、東京23区とは思えないほど自然豊かな空間が広がる(写真:筆者撮影)

そんな伝説を持つ洗足は江戸時代、将軍家の狩猟地となった。8代将軍の徳川吉宗の頃に将軍家の鶉場と定められ、1742(寛保2)年に「鶉あたための番人」が置かれた。鶉狩は戦国時代から行われており、享保年間から幕府の行事になっていたのだ。

現在、洗足の隣に「原町」という地名があるが、それは近世まで広い原野を残していたことに由来している。

明治時代から大正のはじめにかけては、武蔵野の雑木林であった。畑に開墾されたところもわずかしかなく、人家は全然なかったという。

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