工場探しは難航した。地下足袋を手掛けるメーカーは高度経済成長期に生産拠点を海外に移しており、流通する地下足袋の98%は中国など外国産。それでも国産で地下足袋を生産していた「高砂産業」(兵庫県高砂市)と巡り会い、商談に臨む。
「さまざまなデザイン案を持参したのですが、『こういうのはうちでは無理やな』と厳しい対応。実績がない会社に加えて、単色の足袋とは違い、縫製時にデザインの柄合わせをする必要がありました。そこで複雑なデザインは引っ込めて、水玉や数字など柄合わせが不要なデザインを提案。熱意を認めていただき限定生産でスタートしました」
流行やトレンドは意識していない
苦労した末に地下足袋の国内生産をスタートさせると、ニューヨーク、東京、京都で「SOU・SOU」の地下足袋の展示会を行う。ニューヨークは小さな会場だったが、ファッション関係者やデザイナー、モデルなどが購入。経費を引くと赤字でも手応えを得た。
その後、東京・青山に「SOU・SOU足袋」の直営店を出すと、高感度な外国人客を中心に支持が集まる。先が割れた形状や機能性、ポップなデザインを「Cool」に感じたのだ。
「先入観がない外国人は、地下足袋を新しい履物として認識してくれました。日本の若い世代もそうです。現場仕事で履く作業用という思い込みではなく、別の角度から光を当てれば支持されることも学びました。ただ、流行やトレンドは意識していません」


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