若林氏は「SOU・SOU」では全アイテムのプロデューサー兼監督を担う。テキスタイルデザイン(図案)を担当するのは、1960年代から北欧フィンランドの「マリメッコ」(Marimekko)や、アメリカ・ニューヨークの「ラーセン」(LARSEN)など、欧米で活躍してきた脇阪克二氏だ。
「例えば、僕が脇阪さんに『来年に向けて新しい桜の柄を考えてください』と依頼して仕上げてもらう関係です。2人の間ではデザインに対する認識の違いは、ほぼありません」
京都最大の繁華街・四条河原町――。商業ビルが立ち並ぶ裏手の小道を入ると、表通りの雰囲気とは一変する。しばらく歩くと、SOU・SOUエリアともいうべき一角に出る。直営店がいくつも点在する場所だ。数字のディスプレーやカラフルな商品が目を惹く。
「直営店で買われるお客さまは約8割が外国人です。欧米系もいれば、中国・韓国・台湾の方も多い。でも、外国人受けを狙うことは一切やっていません。日本人の手による日本らしいデザインを製作してきました」
日本らしさとして、地下足袋に注目
「SOU・SOU」の知名度を高めた地下足袋には、同社の製作哲学が詰まっている。
京都生まれの若林氏は、オーダーメイド紳士服などの縫製・製作技術を学べる東京の専門学校(当時)を卒業し、原宿の総合アパレルメーカーに就職して企画の仕事に関わった。
その会社を退職すると、ニューヨークに渡って欧米のストリートカジュアル最前線と向き合う。帰国後は、インポートの商品を扱うセレクトショップを経営した。
「店は軌道に乗りましたが、海外の流行を追いかけて買い付けする自分が嫌になり、『日本人として日本らしい仕事をしたい』と、製造小売りのSOU・SOUを始めたのです」
風呂敷や扇子、着物用の座敷足袋などを作ったが、今度は売り上げが全然伸びない。
「そんなとき、倉庫にあった黒い地下足袋を見て、『これをかわいいデザインに変えたら売れるのではないか』と、ひらめいたのです。そこで国産で地下足袋を作る工場を探し始めました」


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