イプソスの調査で「今後3〜5年でAIの使用が増えることによって、自分の仕事が良くなる」と答えた日本人は約2割にすぎず、調査対象国の中でも一貫して最下位グループに位置する。日本人は「AIはすごいし面白い」と思っている一方で、自分の仕事がそれで楽になり、評価されるという実感を持てていない。このねじれを放置する限り、日本企業は「AIを恐れない国」でありながら、「AIで勝てない国」であり続けるだろう。
完璧主義とゼロリスク信仰が、AI活用の最後の壁になる
もう一つ、日本社会のAI実装を阻んでいる深い要因がある。完璧主義とゼロリスク信仰である。
私たちは学校教育の段階から、「正しい答えは一つである」「間違えないことが大切である」という発想に強く慣らされてきた。だが、この文化は生成AIの本質と非常に相性が悪い。生成AIは、事実を探してくる検索サービスではなく、次に続く言葉を確率的に予測して生成する推論エンジンである。どれほど高性能になっても、もっともらしい誤りを完全にゼロにすることはできない。
ところが日本企業では、「もしAIが間違ったら誰が責任を取るのか」という問いが、すぐに会議を支配する。本来であれば「AIに80点のたたき台を一瞬で作らせ、人間が残りの20点を仕上げる」という最も生産性の高い使い方ができるはずなのに、「100点を保証できないなら使えない」という極論へ流れ、最終的には、危ないから禁止しようという思考停止に至る。
しかし、最大のリスクはAIのミスそのものではない。もちろん情報漏洩や誤出力は管理すべきだ。だが、本当に深刻なのは、ミスを過剰に恐れるあまりAIの波に乗り遅れ、競争から完全に脱落してしまうことだ。AIは間違える。だから使わない、ではない。AIは間違える。だからこそ、人間が最後に検証し、責任を持つ形で使い倒す。ここにあるのは、技術への拒否ではなく、組織と教育の問題である。


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