もちろん、東大生が手書きのものすべてを汚くしているわけではありません。
実際には、「後から見返すためのノート」と「書き留めるためのメモ」を使い分けている人が多いのです。
後から見返すためのノート──授業の内容を整理し直したり、テスト前に読み返したりするためのノート──は、比較的きれいに取ります。書き方が統一され、構造化されている。後で読み返すことを想定しているぶん、そこは丁寧に作る。
一方、書き留めるためのメモは、パパッと。思ったことをそのまま落とし込む。だから速く、汚く、だけどアウトプットまでのスピードが早い。
たとえば授業なら、話を聞きながら気になったことを、まずノートの余白にメモる。講義の後に、そのメモを見返しながら、内容を整理し直したノートを作る。テスト前には、そのノートを読み返して、自分の言葉で書き出してみる。きれいなノートは、この流れの「後半」だけを切り取って見ているにすぎません。
きれいなノートを見て、「自分もこういうノートを取りたい」と思う人は多いと思いますが、順番としては逆です。まずは、汚くていいから、思ったことをパパッと書き留める。その書き留めたものを、後で整理して、きれいなノートに仕上げる。きれいなノートは、汚いメモがたっぷり溜まった「後」に生まれるものなのです。
きれいなノートより、思い付いたら書く
最初の疑問「東大生のノートってきれいなんですか?」という質問への答えは、「きれいなノートを取る人は多いが、字が汚い人も多い。そして字が汚いことには、ちゃんと理由がある」となります。
そして僕は、この使い分けこそが、東大生のインプットのコツだと考えています。
情報が入ってきたら、まず書く。判断は後回しでいい。まとめるのはその後でいい。きれいにするのはもっと後でいい。とにかく、思い付いたら紙に書く。人間は、書いて初めて、考えたことになります。
もし「ノートをきれいに取れない自分はダメだ」と思っている人がいたら、試してほしいのは、ノートをきれいにすることではありません。書き留めるためのメモを1冊用意することです。丁寧に書かなくていい。読み返すつもりがなくてもいい。浮かんだことを、そのまま大きく書く。
アウトプットのハードルを、ここまで下げてみてください。東大生の字が汚いのは、怠けているからではなく、考えるスピードで書いているからです。



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