買い物だけではない。街のさまざまな機能が、車を前提に中心市街地から離れていった。そこへ橋が加わった、というのが里氏の見方だ。
2000年代に入ると、この変化は大型ショッピングセンターという目に見える形で現れる。2001年、徳島市の北隣にある北島町に「フジグラン北島」が開業した。
2011年には藍住町に「ゆめタウン徳島」が、2017年には徳島市内にも「イオンモール徳島」が開業する。1972年の報告書は、駅前を、1カ所でさまざまな用事が済む「ワンストップ型」の商業地にしようとしていた。それから約30年。同じ便利さは、駅前だけのものではなくなっていた。
そごうも手を打ち続けた
一方のそごう徳島店も、何もしないまま閉店に追い込まれたわけではない。2000年にそごうグループが経営破綻したあとも、徳島店は営業を続けていた。
業界誌『ストアーズレポート』を追うと、ある言葉が繰り返し出てくる。「ストップ・ザ・関西・高松」だ。関西と高松への消費流出を食い止めることが、駅前の商業施設にとっての重要課題だった。
そのための手は次々に打たれた。2006年春から2007年秋にかけて、半年ごとに全館規模の改装を実施。2010年にはレストラン街に新しい店を入れ、8階に雑貨店「ロフト」を導入した。2011年には、県内初の大型店となる「ユニクロ」も7階に入った。百貨店の中に、人を呼べる専門店を増やしていった。
2011年11月、藍住町に「ゆめタウン徳島」が開業する。約160の専門店と約3100台の駐車場を備えた、県内初のゆめタウンだ。一方の駅前では、2013年にファッションビル「とくしまCITY」が閉店。そごう、アミコ専門店街、駅ビルのクレメントプラザの3施設は、合同の催しや抽選会を開き、駅前全体で外へ流れる消費を食い止めようとした。
2017年にイオンモール徳島が開業すると、そごうは「百貨店にしかできない」商品や取り組みを強める方針を掲げた。相手が増えるたびに、手を打ち直していたことがわかる。
それでも減収は止まらない。売り上げは2008年2月期から2020年2月期まで、13年連続で前年を下回った。2009年2月期以降は赤字になる年もあった。閉店発表の直前にあたる2019年2月期は約128億円で、ピーク時の3割に届かない。


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