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「一番好きなジーンズを解体してみろ」"衣服標本家"生んだ父の教え…120年前フランスの消防服に見つけた"直すための余白"

11分で読める
長谷川彰良さん
貴族が舞踏会で着用していた真っ赤な燕尾服を整える長谷川彰良さん(写真:筆者撮影)
  • 久保 佳那 ライター・ブックライター
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「会社の中では評価されませんでしたが、自分の好きなものを表現することは諦めたくなかった。そこで、自分が服を解体して知ったこと、例えば、1890年代のスーツの縫い目がどうなっているかなどマニアックな内容を、ブログで発信していました」

1770年代に作られた「アビ・ア・ラ・フランセーズ」と呼ばれるセットアップ。ロココ調の花柄刺しゅうが施されている(写真:長谷川彰良)

師匠の教えは「技術を何一つ隠すな」

ブログを書くうえで大事にしていたのは、「持っている技術を何一つ隠さずに発信する」ことだ。

「僕の師匠である、岡山県にあるワークウェアとジーンズ製造卸を行う『WORKERS』の舘野高史さんの教えです。『技術者やクリエイターは、自分の技術を隠したがる気質があるけれど、それをすべて出していきなさい』と言われていました」

実は、舘野さん自身が自分のやっていることを、ブログで発信する人でもあった。そのブログのファンだった長谷川さんが、学生時代に夜行バスに乗って、舘野さんに会いに行ったことから付き合いが始まった。

舘野さんは、理想のデニムシャツを作るためにアメリカに渡航し、何十年も前に倒産したデニムメーカーを営んでいた人の孫を探し出したそうだ。そして、「あなたのおじいさんが昔作っていたシャツを作りたい」と伝えて、当時の写真や資料を見せてもらい、ブランドを立ち上げたこともあるという。その行動力や発信から、長谷川さんは大きな影響を受けた。

師匠を見習って発信を続けていくうちに、「もっと教えてほしい」と他ブランドのデザイナーや縫製工場の人から連絡が来るようになっていく。

パタンナー時代に行った、外部での初セミナーの様子(写真:長谷川彰良)

この「技術を何一つ隠さず共有する」姿勢は、前編で長谷川さんが語った「自分の活動をまねされても構わない、むしろ歓迎したい」という姿勢の原点でもある。それは後に、実物の衣服に来場者が触れられる「半・分解展」にも受け継がれている。

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