「父にどうやって服を作るのかを聞いたときに、『お前が一番気に入っているジーンズを解体してみろ』と言われたんです。洋服の縫い目をほどき、バラバラの布の状態にする。そして、ほどいた布の形を写し取って型紙を作る。作りたい布をその形に切って縫えば、お気に入りの服と同じ形のものが作れると教わりました」
このとき、長谷川さんは完成品の外見ではわからない設計を読む方法を父から教わっていたのだ。小学校3年生のときミシンを手に入れた長谷川さんは、初めて自分の服を作った。それがとても楽しく、「将来は、服を作って生きていきたい」と思った。
中学生になると、進学を機に上京していた兄の家に遊びに行き、原宿や渋谷に通うようになり、どんどん洋服にはまっていく。高校卒業後の進路に服飾専門学校を選んだのは、自然な流れだった。そこで長谷川さんは、オーダーメイドのスーツを仕立てる技術を学んだ。
3万円の消防服、その裏側にあった仕立て
「お母さん、どうしても欲しい3万円の古着があるんだけど、買ってもいい?」
長谷川さんが実家を離れ、東京の服飾専門学校に通っていた頃のことだ。高円寺の古着屋で見つけた、120年前のフランスの消防服をどうしても手に入れたくて、実家の母に電話した。その服は、見た目はボロボロ。なのに、なぜだか引かれて、美しいとさえ感じた。
「当時、僕が学校で学んでいたのは、オーダーメイドスーツを仕立てるフランスのテーラード技術でした。艶やかで仕立てが整った服ばかりを見ていたのですが、なぜかボロボロの服に心引かれたのです。でも、なぜ引かれるのかわからない。その理由を確かめたかったんです」
母からは「勝手にすれば」と許可が下り、長谷川さんは思いきってその消防服を買った。
外見だけでは美しさの理由がつかめず、縫い目をほどいて内側を確かめた。そこで目にしたのは、長谷川さんが学校で学んでいた仕立ての技術だった。
縫い代には、後から寸法を直せるよう余分な布が残されていた。表からは見えないその部分も、着用の妨げにならないように処理されていた。


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