でも、そこに私も交ぜていただいて、一緒に社食で昼食をとり、お話をして、ラジオ体操をしていると、確かに強い連帯感が生まれます。ラジオ体操なんて時代後れだといわれがちですが、社内のつながりを作る上では重要で有効なものだと感じました。
特に製造業は、社内で連携しなければ仕事になりません。たとえば品質管理の現場だったら、見つかった製品の不良を、製造ラインのどこまで遡って追究できるのかということが非常に重要になります。
しかし、製造業においても、こういったことが非効率だということで、IT化を進めたり、上司に直接モノを言える組織を目指そうということになり、ビジネスの世界でも自主性がつながりを破壊する方向へと進んできたのだと思います。
仕事が高度になると、自主性が求められる
本書に「識字が高める自主性」という項目があります。教育水準、知的水準が高くなるほど、自主性が必然的に高くなるというものですが、これはちょっとすごいと思いました。
現代の仕事は、すごく難しくなっていると思います。単に物を生産すればいいという世界から、お客さまの満足をどのように作り出すかという話に変わってきたものの、それは非常に捉えどころがない。
手を動かせばできる、長い時間働けばたくさんの物ができるという世界ではなくなって、うまく的確に働かなければいけないという話が出てきた瞬間に、仕事というものは非常に難しくなるわけです。
そして、仕事が難しくなると、知的水準も求められざるを得ない。こうなると、自主性が重視される方向に向かうのは間違いないでしょう。
ピーター・ドラッカーもこのことを予言しています。彼は、知識労働者は、基本的には上司よりもその仕事について詳しいことが求められるという話をしているのです。
昔は、上司が権限を持っていて、すべてが見えているという前提に立ち、上司が言うルール通りに働く兵隊が必要でした。しかし、今の仕事は、部下の方が全体が見えていたり、専門的な知見を持っていたりする可能性が高いのです。


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