「小林旭さん、浜田光夫さん、和田浩治さん、山本陽子さん、浅丘ルリ子とか日活の俳優さんたちがみんな泊まっていきました。主人(昭夫さん)がアイデアマンでね、別荘に鮨職人を連れていって、部屋で握ってお鮨を出すの。皆さん、関係者だけだからすごく喜んで、はしゃいでましたね」
現在、4代目館長としてブルーバード劇場の運営を手伝っている照さんの次女、実紀さんも当時のことを覚えているという。
「私もよく別荘についていきました。浅丘ルリ子さんは、自分のお化粧道具で絵を描いてくれたりして、すごく優しい方でしたね。ほかの方もみんなフレンドリーでした」
期せずして3代目館長に
66年には、いま「別府ブルーバード劇場」がある別府駅から徒歩約5分の場所に地下1階、地上5階のビル「ブルーバード会館」を建て、映画館を移転。日中の上映に加えて、洋画2本立てのオールナイト上映も始めた。この頃、日活から松竹に契約を変えて、「松竹ブルーバード」になった。
70年1月、弁助さんが亡くなると、跡を継いだ昭夫さんが腕を振るう。もともと2階に入っていた喫茶店を、映画館に改装。一般的な映画館の固定式の座席ではなく、座り心地のいいイスを買い揃えて、館内を自由に移動できるようにした。
イスの横にサイドテーブルを置き、その上に赤い豆電球を設置。お客さんがボタンを押すと注文を取りに行き、自ら仕込んだカレーやサンドイッチ、コーヒー、クリームソーダなどを出した。映画館と喫茶店が一緒になったような、「飲食できる映画館」を始めたのだ。現代でも流行りそうなアイデアマンらしい発想で、飲食店を開きたかったという学生時代の夢も叶えた。
相変わらずお客さんにも恵まれ、照さんも一緒に切り盛り。映画館の経営は順風満帆……に見えたが、突然の不幸に見舞われる。
別府では、朝から市営温泉が営業している。自宅の風呂には入らず、朝、近所の温泉に通っていた昭夫さんは、71年5月某日、いつものように温泉に向かった。そこで倒れ、帰らぬ人となる。まだ41歳の若さで、2代目に就いてから1年4カ月しか経っていなかった。


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