こうした2人の絶妙な距離感は、篠原さんが幼少期の頃にすでに出来上がりつつあったという。彼の生い立ちに触れながら、祖母との関係性を振り返ってもらった。
「父が実業家で、成金の家に生まれたんですよ。実家の家賃も高くて、親ガチャだったらウルトラSって感じで」
受験した立教小学校の試験で…
裕福な家庭に育った篠原さんだが、その一方で憂鬱だったことがある。幼稚園から塾や習い事に通い詰めだったことだ。篠原さんの父は実業家として成功しながら、大学を出ていなかった過去もあり、「息子には成功してもらいたい」と教育熱心だったという。
「幼稚園に行く前後で、塾や習い事に行かされて、帰ってくるのは22時……なんて日もありました。もうとにかく塾に行くのが嫌で、塾に行く前によく泣いていたのを覚えています。
お絵描きの習い事では、色を塗っていない隙間があると何回もやり直しさせられて、何の意味があるんだと思ってましたね。結局、受験した立教小学校の試験にお絵かきはなくて、『世の中ってなんて不合理なんだろう!』と、子どもながらに思ってました」
2つ上の兄が、小学校受験に失敗したこともあり、自然と篠原さんにかかるプレッシャーは大きくなっていった。こうした環境下で、篠原さんは自然と、母方の祖母・シズエさんに懐いていく。
「ばあば(祖母)が実家近くに住んでいて、よく家事を手伝いに来てくれたので、よく面倒を見てもらっていたのを覚えています。夏休みもしょっちゅうばあばの家に行ってましたし、家族で旅行に行った時も両親と寝るのではなく、わざわざ別室に行ってばあばと寝ていましたね。
それに父方の祖母は、兄を贔屓していたんです。いま思えば初孫が可愛いかったんだろうなとわかりますが、当時は『なぜ自分は可愛がってくれないのか』と理不尽に思うじゃないですか。だからばあば(母方の祖母)に構ってもらっていたんだろうなと。
ただ僕としては、ばあばに甘えるというより、遊んでたという感覚に近いんです。ばあばをいじると、家族が面白がってくれて、僕としても笑いを取れて心地よかったんですよね。祖父の葬式の時も、ばあばにちょっかい出すと場が和むような感じで。それで子どもながらにばあばをいじるようになっていましたね」


※ログイン後、コメント入力が可能です。