また、当時は副業で大学教授の仕事もしていた青田さん。
「予備校生ではありますが、授業を週3コマ担当していました。17:30に美術予備校が終わり、18:00からオンライン講義ができるようにオフィスまで急いでタクシーで移動し、予備校生から大学教授に30分でモードチェンジする生活が週3日ほどありました」
こうして大変であるものの楽しい1年は過ぎていき、受験の季節を迎えました。
多摩美術大学をはじめ、武蔵野美術大学、東京造形大学を受験した青田さんは、多摩美術大学統合デザイン学科、武蔵野美術大学デザイン情報学科・クリエイティブイノベーション学科、東京造形大学グラフィックデザイン専攻領域に合格して、多摩美術大学に入学しました。
こうして48歳で美大合格という目標を叶えた青田さん。一度目の筑波大学を目指していた際に浪人してよかったことを聞くと、「自分でやれるという感覚が持てたこと」と答えてくれました。
「高校生の時は勉強には身が入っていませんでした。でも浪人の1年でしっかり向かい合ったら、偏差値50前後から筑波大合格にまで持っていくことができました。また会社員になってからは、たとえ未経験の領域でも、不器用なりに一生懸命に取り組めば一定のラインには達することができると実感できる機会も何度かありました。それらの経験は、後の34歳でのMBA受験も、48歳での美大受験も、全部つながっていると思います」
現在も青田さんは多摩美術大学の3年生として、学びながら自身の会社の仕事も続ける「勤労学生」の日々を送っています。卒業後の展望について聞くと、青田さんは社会的な活動と個人的な夢を語ってくれました。


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