園の教育方針をめぐって現場からさまざまな声が上がるなか、松本さんは経営者として判断を示そうとした。ところが、「あなたは現場をわかっていない」と言われてしまう。
思うように議論を前に進められない――。
外から注目を集める「まちの保育園」の華やかさとは裏腹に、松本さんは一向に手応えをつかめず、次第に自信を失っていった。事態を好転させたのが、保育そのものの徹底的な学び直しだった。
「保育者という専門職のみなさんと一緒に園をつくるなら、みなさんが専門的に学んできたことや、保育界のことをもっと深く学んで、共通言語を持たなければいけないと思ったんです」
松本さんは池袋にあるジュンク堂書店の保育・教育コーナーに通い詰め、保育所保育指針や幼稚園教育要領、その解説書から発達心理学、教育哲学まで、目につく本をとにかく読みあさった。現場で子どもや保育者から教わったことを本で確かめ、また現場に戻る。その繰り返しだった。
「もっと保育者のみなさんと同じ言葉で語れるようになりたい」
学びを重ねるうち、それまでどこか上滑りしていた松本さんの言葉が、少しずつ現場の保育者たちに届くようになっていった。
「マンダラ」で、創業者の言葉を“みんなの言葉”に
次の課題は、松本さん自身が理念を語るだけでなく、職員一人ひとりがそれについて考え、話し合えるようにすることだった。
松本さんの頭のなかにあった理念を、新任もベテランも、誰もが共有できる言葉にしていく。そのために生まれたのが、通称「マンダラ」と呼ばれる理念図だ。中心には「一人ひとりの存在そのものを喜び、互いに育み合うコミュニティの創造」があり、その周囲に3本の柱と、9つの「大切にしたい価値観」が配置されている。
「学んだことを図にして、現場の保育者の言葉と重ねながら形にしていきました。理念図ができたことで、園のあり方や保育について考えるための共通の言葉が生まれたんです」
保育者同士だけでなく、保護者や地域の人たちとの対話のベースにもなった。マンダラが生まれたのは、3園目となる吉祥寺園の開園準備を進めていたころだ。小竹向原、六本木、吉祥寺の3園ができたことで、組織の関係にも変化が生まれたという。


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