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ライフ #戦う哲学者の晩年の独白

死ぬのがあまり嫌ではなくなった"戦う哲学者"が、じわじわとわかるようになった「私はこの体の中にいる」という幻想

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中島義道 戦う哲学者
筆者は最近、介護施設でのショートステイを経験。部屋にこもって過ごしたという(写真は2013年の取材時のもの。撮影:風間仁一郎)
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この前、2泊3日で近くの介護施設にショートステイに行ったのですが、結局は部屋にこもって過ごしました。人と会いたくないので、3日間ずっと部屋の中で本を読んだり、テレビを見たりしていました。食事はまずくて、私には合いませんでした。

食堂に10~20人ほどの高齢者が集まっている様子を見るのが、正直、嫌なんです。グロテスクな感じすらしてしまう。もっとも、これは昔からのことで、他人というもの自体が嫌いなのです。

今は左脚がしびれていて杖か歩行器で歩いていますが、やはり普通に歩ける人をとてもうらやましく感じます。

この歳になってほかの人は何をしているのだろうか

体重も52キロまで減って、怖いくらいです。倒れる前は60キロありましたから。でも病院に行っても加齢のせいにされて、まともに扱ってもらえません。「80歳でしょう、もう」と言って片付けられてしまう。

この歳になってほかの人は何をしているのかな、と思います。普通は哲学もしていないでしょう?

私は哲学塾をやっているだけ、まだましなんだと思います。介護施設の6畳の部屋に何もせずずっといて死ぬのは、やはりきついじゃないですか。でも、哲学塾がこの先どうなるのかと思うと、生きている気力もなくなってしまう。あと数年だとは思いますけどね。

そのほかには何もしたくない。かつて住んでいたウィーンにも行きたくないし、京都や奈良も、新幹線に乗ることを考えるだけで嫌になってしまう。苦労して行くだけの価値がある場所はありません。誰にも会いたくないし、美味しいものを食べたいとも思いません。

実は編集者に会うのも、楽しくはありません。義務だと思ってやっているだけです。自分の仕事だと思っています。ただ、家内が死んだら困るな、姉や妹が死んだら困るな、という心配だけはある。

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